1-1
※この作品はハッピーエンドです。
※序盤に冷遇・精神的DV描写があります。
※元夫のざまぁ展開があります。
「――お前との婚姻は、無意味だった」
朝食の席で、夫はそう言った。
紅茶のカップを持ち上げることすらせず、書類に目を落としたまま。まるで天気の話でもするように。
結婚して、三年。
ヴォルコフ公爵家の当主、アンドレイ・ヴォルコフ。銀の髪に冷たい灰色の瞳を持つ、この国で最も美しいと謳われる公爵。
その人が、私の夫だ。
――いや。夫、という言葉すら、正しくないのかもしれない。
「フローラを正式に屋敷に迎え入れる。お前も、いい加減わきまえろ」
フローラ・メルニク。男爵令嬢で、アンドレイの幼馴染。
三年前、私がこの屋敷に嫁いだ日から、彼女はずっとここにいた。アンドレイの隣に。私がいるべき場所に。
「……わかりました」
私――リゼット・ヴォルコフは、静かに頷いた。
怒りは、もう湧かない。
最初の一年は泣いた。
二年目は、自分が何か間違えたのだろうかと考えた。
三年目の今は――ただ、静かだ。
湖の底に沈んだ石のように、何も感じない。
結婚初夜から、アンドレイは私の部屋に来なかった。
白い結婚。
名ばかりの妻。
寝室は屋敷の東と西の端に分かれていて、廊下ですれ違うことさえ月に数回あるかないか。
その代わり、私に与えられたのは「公爵夫人としての仕事」だった。
領地の帳簿管理。税収の計算。農地の作付け計画。領民からの陳情の整理。薬草園の管理。使用人の給与計算。厨房の献立管理。
――要するに、屋敷と領地を回すための全ての雑務。
アンドレイは領主の仕事に興味がなかった。社交と剣術と、フローラとの逢瀬。それが彼の日常の全て。
だから、私が黙ってやった。
誰に感謝されるわけでもなく。誰に気づかれるわけでもなく。
「奥様って、本当にお暇なんですのね。帳簿なんて見て、まるで商人みたい」
フローラはそう笑った。使用人たちもくすくすと笑った。
――ええ、そうね。
商人みたいに帳簿を見ていたから、この領地の税収がこの三年で二倍になったのだけれど。
でも、そんなことは誰も知らない。
知ろうともしない。




