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三年間名ばかりの妻でしたが、離縁届を置いて出ていきます。――え、隣国の皇太子が私を望んでいる? もう遅いですよ、旦那様  作者: 物語創造者≪イマージェン・クリエイター≫
デザート代わりのエピローグ 「今日も世界は甘い」

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27/28

E-1

ヴェルグリア帝国の春は、隣国よりも遅く来る。


長い冬が終わり、宮殿の庭園に最初の花が咲いた日。


リゼットは朝から薬草園にいた。


皇太子妃専用の薬草園。セドリックが「公的な理由で」用意させたもの。公的な理由の割に、リゼットの好きな品種ばかりが植わっている。


「大きく、立派に育ってね、大事な薬草たち……」


リゼットの手が、薬草をそっと撫でる。淡い光が、優しく薬草を照らしている。


「話しかけているんですか、薬草に」


振り返ると、セドリックが庭園の入り口に立っていた。正装ではなく、白いシャツに薄手の上着。公務の合間に抜け出してきた顔。


「薬草に話しかけると育ちが良くなるんです」


「根拠は」


「ありませんが、経験則として確かです」


「では私にも話しかけてください。育ちが良くなりたいので」


「皇太子様より育ちの良い人は、この国にいないはずです。身長のほうも、もう十分育っています」


そう言って、リゼットはセドリックを見上げてみせた。薬草にちょっと嫉妬していそうな表情を見て、思わず可笑しくなる。


「薬草たちに水分が必要なように、私にも、定期的な補給が必要です」


リゼットは泥のついた手袋を外して、セドリックの前に立った。


背伸びをして、頬にキスを落とす。


「愛情、補給です」


セドリックの耳が赤くなった。


結婚して半年経つのに、未だに少年のような反応をする。


「……まだ、足りません」


「欲張りですね」


「あなたの前でだけ」


もう一度、今度は唇に。短く、軽く。


「これで」


「もう一回」


「公務に遅れますよ」


「遅れていい」


「皇太子が公務を疎かにしてどうするんですか」


「皇太子妃が美しいのが悪い」


「薬草を植えて泥まみれの妻のどこが美しいんですか」


「全部」


真顔で言うのが、この人のずるいところだ。



昼。


宮殿の食堂で、二人は向かい合って昼食を取っていた。


テーブルの上には、いつも通り焼き菓子が添えられている。


「今日の焼き菓子、新作だそうです。菓子職人が張り切っていました」


「皇太子妃様のお好みを研究している、と言っていましたよ」


「私のために新作を……」


「当然です。この宮殿で最も焼き菓子に真剣な人物は、あなたですから」


「それは名誉なのでしょうか」


「最大級の名誉です」


一口食べる。


バターの風味が豊かで、ほんのり蜂蜜の香りがする。中にはドライフルーツが練り込まれていた。


「……美味しい」


「どれくらい美味しいですか」


「世界一です」


「先週も同じことを言っていましたね」


「毎週更新されるんです、世界一が」


セドリックが笑った。


リゼットも笑った。


侍従たちは、もうこの光景に慣れていた。皇太子殿下と皇太子妃殿下が、昼食のたびにデザートの焼き菓子をつまみながら、談笑して、時に真剣な議論を交わす。


「殿下。そろそろ、午後の会議のお時間です」


「……今、大事な会議の最中なんですが」


「国政の会議です」


侍従もいつものこととばかりに、有無を言わさずに言う。


「わかりました、向かいます」


セドリックが立ち上がりかけて、リゼットの方を振り返った。


「夕方の茶の時間には戻ります」


「行ってらっしゃい」


何気なく言った言葉に、セドリックが一瞬足を止めた。


「……今、何と」


「行ってらっしゃい、と」


「もう一回言ってください」


「行ってらっしゃい」


セドリックの表情が蕩けた。他に表現のしようがない。


「……行ってきます」


侍従に引きずられるようにして出て行った。


残されたリゼットは、焼き菓子をもう一つ手に取りながら呟いた。


「……大げさな人」


でも、口元は笑っていた。



午後。


リゼットは聖女としての巡回に出ていた。


帝都の医療院を回り、重病の患者に浄化の光を当てる。


「聖女様、ありがとうございます……娘の熱が下がりました……」


「よかった。この薬草茶を毎朝飲ませてあげてください。回復が早くなります」


「薬草茶まで……聖女様は本当にお優しい……」


聖女の力だけではない。薬草学の知識。領地管理で培った実務能力。人の話を聞く姿勢。


リゼットの価値は、聖女であること以上に、リゼットであることそのものにあった。


セドリックが最初に言った通りだった。


「あなたの価値は、聖女であるかどうか以前の問題です」


あの言葉を、今なら信じられる。

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