表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三年間名ばかりの妻でしたが、離縁届を置いて出ていきます。――え、隣国の皇太子が私を望んでいる? もう遅いですよ、旦那様  作者: 物語創造者≪イマージェン・クリエイター≫
デザート代わりのエピローグ 「今日も世界は甘い」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/28

E-2

夕方。


約束通り、セドリックが茶の時間に戻ってきた。


庭園のテーブル。焼き菓子。紅茶。春の夕風。


「会議はどうでしたか」


「あなたがまとめた農政改革案が全会一致で承認されました」


「それはよかった」


「よかったで済ませないでください。貴族院の老人たちが全員感嘆していましたよ。『皇太子妃殿下の精緻な計算の前には反論の余地がない』と」


「数字は正直ですから」


「また、そんなふうにさらっと言われると、惚れ直すしかありませんね」


リゼットが紅茶を吹きそうになった。


「……お行儀が悪い」


「あなたが変なことを言うからです」


「変ではなく、愛情表現です」


穏やかな時間が流れる。


茶のカップを置いて、リゼットは庭園を見渡した。


春の花が咲き乱れている。白い花、蒼い花、薄紫の花。


ふと、テーブルの端に小さな花束が置いてあることに気づいた。


白い野花。


街道沿いに咲く、あの秋の花ではない。春の品種。だが、同じ種類の花。


「……これ」


「覚えていますか。最初に用意した花と同じ種類です。春咲きの品種を庭師に頼んで育ててもらいました」


あの日――辺境伯邸の朝食のテーブルに、セドリックが添えてくれた花。


庭師のおじいさんに聞いて、リゼットが好きだった花を用意してくれたのを、昨日のことのように覚えている。


「季節が変わっても咲くように。一年中、あなたの好きな花が見られるように」


「…………」


「公的な理由は、ありません」


リゼットは花束を手に取った。


小さな花。ささやかな花。でも、この人が自分のために、一年がかりで準備してくれた花。


その『私的な愛情』が、どうしようもなく嬉しくて、愛しい。


「……泣きませんよ」


「泣いていいですよ」


「泣きません。嬉しすぎて涙が出ているだけです」


「それは泣いています」


「泣いていません」


セドリックが笑って、ハンカチを差し出した。


リゼットはそれを受け取らず、自分の袖で目元を拭った。


「……ハンカチ、使ってください」


「自分でできることは自分でします」


「その癖はいつ直るんですか」


「直りません。一生」


「では一生、隣でハンカチを差し出し続けます」


「無駄になりますよ」


「無駄でも構いません」


春の風が吹いた。


花びらが舞う中で、二人は紅茶を飲んだ。


何も特別なことのない、ただの夕方。


でもリゼットは知っている。


この「何も特別なことのない夕方」が、どれほど特別なものか。


三年間、一度も持てなかったもの。


穏やかな食卓。温かい紅茶。隣で笑ってくれる人。


「行ってきます」と「行ってらっしゃい」「ただいま」と「おかえりなさい」


そんな挨拶を、毎日当たり前のように交わせること。暖かくて優しい、自分のための居場所があること。


それが幸福の本質だと、今のリゼットは知っている。



夜。


寝室。


セドリックがリゼットの髪を梳いている。隔日の約束だったが、結局ほぼ毎晩になっていた。


「セドリック」


「はい」


「今日も一日、ありがとうございました」


「こちらこそ」


「明日もよろしくお願いしますね」


「明日も、明後日も、その先も」


「……欲張りですね」


リゼットは目を閉じた。


セドリックの指が髪を梳く、穏やかな感触。


三年前、一人で眠っていた夜が、もう遠い昔のことのように思える。


今は隣に温もりがある。


毎朝、目を開ければそこにある温もり。


「おやすみなさい、セドリック」


「おやすみ、リゼット」


手のひらが、柔らかな光を放つ。


今、リゼットはとても幸福だ。だからもう、聖女の力が、自分自身を癒すために使われることはない。手のひらから溢れ出る祝福の光は、リゼットの心が満たされている証明でもある。


幸せに呼応するように灯る手のひらは、今日も光を湛えていた。


明日も、きっと。


エピローグ 了

三年間名ばかりの妻でしたが、離縁届を置いて出ていきます。――え、隣国の皇太子が私を望んでいる? もう遅いですよ、旦那様


❤ FIN ❤

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ