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アンドレイが離縁届に署名しないまま三日が過ぎた。
ヴェルグリアの外交官は丁重に、だが明確に伝えた。外交使節としての滞在期限はあと四日。それまでに署名がなければ、ヴェルグリア側から隣国の王家へ正式に婚姻無効の申し立てを行う、と。
皇太子じきじきの案件だ。隣国の王家が拒否できるはずもない。
アンドレイは追い詰められていた。
だがリゼットは、もうアンドレイのことを考えていなかった。
◇
聖女としての訓練は日に日に進んでいた。
リゼットの力は、セドリックと神官たちの予想を超える速度で覚醒しつつあった。
枯れた花を蘇らせることから始まり、傷ついた小動物の治癒、汚染された水の浄化。一週間で、通常の聖女候補が三ヶ月かけて到達する段階に達していた。
「信じられない。この習得速度は文献にも例がない」
「三年間、力が抑圧されていた反動でしょう。堰を切ったように溢れている」
神官たちは興奮気味だったが、リゼット自身は穏やかだった。
力が強くなっていくことよりも、力を使うたびに感じる温かさが嬉しかった。
誰かを癒す時、手のひらが光る。その光は、自分自身も包んでくれる。
セドリックが言った通りだった。もう自分を守るためだけに力を使わなくていい。外に向けられる。誰かのために使える。
それが、こんなにも満たされることだとは知らなかった。
◇
訓練の合間、セドリックは必ず顔を見せた。
皇太子としての公務の間を縫って、短い時間でも庭園に来る。
「今日の訓練はどうでしたか」
「枯れた木を一本、蘇らせました」
「木を一本。……先週は花一輪だったのに」
「自分でも驚いています」
「私は驚いていません。あなたですから」
さらりと言う。
もう慣れたと思っていたのに、まだ胸が跳ねる。
「セドリック様は、どうしてそんなに自然に褒められるんですか」
「褒めているのではなく、事実を述べているだけです」
「それを自然にできることが、すごいと言っているんです」
「……そう言われると、少し照れますね」
少し、ではなかった。耳が赤い。もう何度目だろう、この人の耳が赤くなるのを見るのは。
密かに数えていた。今日で七回目。




