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三年間名ばかりの妻でしたが、離縁届を置いて出ていきます。――え、隣国の皇太子が私を望んでいる? もう遅いですよ、旦那様  作者: 物語創造者≪イマージェン・クリエイター≫
第5話 「その方に用があるなら、まず私を通していただこう」

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13/28

5-1

ヴェルグリア帝国の国境を越えたのは、旅の六日目だった。


国境の門をくぐった瞬間、空気が変わった。


街道は整備され、沿道には色とりどりの秋花が植えられている。すれ違う人々の表情が明るい。子供たちが馬車に手を振っている。


「ヴェルグリアへようこそ、リゼットさん」


セドリックが穏やかに言った。


「……綺麗な国ですね」


「気に入っていただけたなら嬉しい。これからあなたが暮らす国ですから」


暮らす国。


その言葉の重さに、胸が少しだけ締まった。


もう後戻りはできない。いや、戻る場所など最初からなかったのだけれど。


国境の門では、守備隊の兵士たちが一列に並んで敬礼していた。皇太子の帰国に対する礼だろう。


だが、兵士たちの視線はセドリックではなく、その隣を歩くリゼットに注がれていた。


「あの方が聖女候補……」


「皇太子殿下がじきじきにお連れになったという……」


囁きが聞こえる。


リゼットが身を縮めると、セドリックが自然にその背に手を添えた。


触れるか触れないかの距離。けれど確かにそこにある温もり。


「堂々としていてください。あなたは招かれた客人です」


「……はい」


背筋を伸ばす。


セドリックの手が離れた後も、背中にはその温もりが残っていた。



帝都ヴェルグラードは、リゼットが想像していたよりもずっと大きかった。


白い石造りの建物が立ち並び、広い運河に小舟が行き交い、市場からは焼き菓子の甘い香りが漂っている。


「約束の焼き菓子、忘れていませんよ」


馬車の窓から市場を見つめるリゼットに、セドリックが言った。


「まずは宮殿にご案内します。あなたの部屋を見ていただきたい」


「私の部屋……」


宮殿に着くと、リゼットは言葉を失った。


案内されたのは、客間ではなかった。


宮殿の東翼、陽当たりの良い一角。広い居室に、書斎、寝室、専用の浴室。窓からは宮殿の庭園が一望できる。


「ここは……客間にしては広すぎませんか」


「聖女候補の居室として用意しました」


「聖女候補の居室に、この規模は必要でしょうか」


「必要です」


「セドリック様」


「はい」


「嘘が下手ですね」


セドリックが目を逸らした。ほんの一瞬、だが確かに。


「……鋭いと、前にも申し上げましたね」


「だって、その……この部屋はあまりにも、豪奢です」


リゼットが少し笑うと、セドリックも観念したように笑った。


「正直に言えば、最も良い部屋を用意するよう指示しました。公的な理由は後からつけました」


「やはり」


「怒りますか」


「いいえ」


怒るはずがなかった。


ヴォルコフ公爵邸では、東の端の暗い部屋を与えられた。日が差さず、冬は底冷えのする部屋。実家に戻れば使用人棟。


それが、自分に相応しい場所だと思っていた。


なのにこの人は、最も良い部屋を、当然のように。


「ありがとうございます、セドリック様。……大切に、使わせていただきます」


「大切に使わなくてもいいですよ。自分の部屋なのですから、好きに散らかしてください」


自分の部屋。


その言葉を噛みしめた。

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