4-1
ヴェルグリア帝国への出発は、三日後と決まった。
その三日間、セドリックはセレブリャコフ辺境伯邸に滞在した。
そしてリゼットは、困惑していた。
◇
初日の朝。
朝食の席に降りると、テーブルの上にリゼットの席だけ花が添えられていた。
白い小花の束。街道沿いに咲く、秋の野花。
「お好きだと伺ったので」
セドリックが何でもないように言った。
「……伺った? 誰にですか?」
「昨日、お屋敷の庭師の方と少し話しまして。リゼットさんが嫁ぐ前、この花をよく摘んでいたと」
庭師のおじいさん。リゼットが子供の頃から可愛がってくれた、数少ない人。
あの人に聞いたのだ。わざわざ。
「……ありがとう、ございます」
声が震えた。
花を貰ったことが嬉しいのではない。
私が何を好きかを、知ろうとしてくれた人がいること。
それが、胸に刺さるほど嬉しかった。
二日目の午後。
セドリックがリゼットを庭園の散歩に誘った。
「聖女の素質についてお話ししたいことがあるのですが、堅苦しい部屋よりも外の方がいいでしょう」
秋の庭を並んで歩く。セドリックは歩幅をリゼットに合わせていた。自然に、意識させないように。
「聖女の力は、感情と結びついています」
セドリックが穏やかに説明する。
「癒したいと願う心が強いほど、力は大きくなる。逆に、自分自身が深く傷ついていると、力が内側に向かって自分を癒そうとするため、外には発現しにくい」
「自分を……癒す?」
「ええ。リゼットさんの力がこれまで小さな発現に留まっていたのは、おそらく――」
セドリックは言葉を選ぶように少し間を置いた。
「あなた自身が、ずっと傷ついていたからです。力の大部分が、あなたの心を守ることに使われていた」
足が止まった。
「三年間、あなたは気づかないうちに自分自身を癒し続けていた。でなければ、あの環境で心が壊れていたはずです」
そんなこと、考えたこともなかった。
自分は鈍いから平気だったのだと思っていた。感受性が乏しいから耐えられたのだと。
違ったのか。
力が、守ってくれていたのか。
「リゼットさん」
セドリックが足を止め、向き合った。
「あなたはこれから、傷つく必要がなくなります。ヴェルグリアでは、聖女は国の宝として遇される。誰もあなたを軽んじることは許されない」
「…………」
「それに」
蒼い瞳が、わずかに和らいだ。
「私が許しません」
短い一言だった。
けれどその声には、社交辞令や外交的配慮とは明らかに違う、生身の感情がにじんでいた。
「セドリック、様……」
「すみません、少し踏み込みすぎましたね」
セドリックは微笑んで視線を庭木に移した。
「花が綺麗だ。この庭園はよく手入れされている」
話題を変える。けれどその横顔の耳がわずかに赤いことに、リゼットは気づいてしまった。
……ああ、この人も、完璧ではないのだ。
その事実が、なぜかとても安心した。




