日常へ
芽依は今、部屋風呂を満喫していた。
朝4時、パピナス以外は誰も起きていない静かな朝。
シンシンと雪が降り、外気が冷え込み湯が熱く感じる。
ちゃぷ……と跳ねる湯の音を楽しみながら、1人のんびりと目をつぶった。
温泉に来てからというもの、いつも誰かがそばにいて温泉もゆっくりつかれない。
みんなでワイワイするのもいいが、お風呂はゆっくり静かに入るが好きなのだ。
「…………日本酒があったら最高……温泉なのに禁酒なんて……世知辛いわ」
はぁ……と息を吐き出すと、白い吐息が空中で消える。
今日は旅行最終日。
昨日の夕食で他の移民の民とその伴侶とのトラブルやケンカップルとの衝突はあったが、概ね穏やかで満足のいく旅行だった。
「帰ったら、明日からのカテリーデンの準備でしょ……あ、参加は明後日だったね。福袋の準備しないと。 時間がもし空くようならフェンネルさんとシャリダンに行きたいなぁ……昨日可哀想な事しちゃったし……餅つき大会に連れていくかな……あ、お餅の在庫沢山あるから……お雑煮つくるか……カテリーデンで販売しよう、そうしよう……また急に言ったらメディさん怒るかなぁ……」
温かさでフワフワしながらやりたい事を呟く芽依。
(お惣菜ではないが、すぐに食べれるお雑煮は忙しい主婦の味方。
あと、箱庭とかあるから痛まなくなったけど、また野菜を安くまとめ売りして領主館の人達に売ろうかな……。)
うーん、今年も色々やりたいな……と笑みを浮かべるが、目を開けると眉を寄せて表情を険しくする。
「…………その前にパール公国だよね」
年は明けたのだ。
もう猶予はなく、すぐにでも動かなくてはアウローラの救出は絶望的だろう。
芽依はザバッ……とお湯から出て脱衣所に向かい着替えを済ませた。
「お帰りなさいませ」
部屋に戻った頃には全員が起きていた。
まだ早い時間なのにも関わらず全員が着替えを済ませている。
「……あれ、みんな早いね? 」
「メイちゃんが起きてるんだもん、起きるよ」
朝日に照らされて輝くキラキラ2倍増しのフェンネルが笑みを浮かべている。
渡されたお茶を飲みながら座ると、身支度は出来ていて、朝食が終わり次第温泉街を見てお土産を買って帰宅すると言われ、素直に頷いた。
「どう? 楽しかった? 」
「とっても」
芽依の為に今回の旅行が決行された。
2泊3日、それ程動き回ること無く基本的にはまったりとした時間を家族で過ごした芽依たち、今年もいい事があるかな……と笑みを深くした。
「ただいま帰りましたー!! 」
ばぁん! と音を鳴らして入ったのはアリステアの執務室だった。
目を見開き突然現れた芽依にアリステアはペンを落とす。
「メイ?! 今までどこに……」
「温泉です。メディさんたちが予約してくれていて……お仕事の邪魔してごめんなさい。これ、お土産置いたらすぐに帰りますから」
芽依が帰ってきて真っ先に来たのがアリステアの元だった。
沢山のお土産を持って仕事中に乱入する移民の民など芽依くらいだろう。
今はアリステアしか居ないため、芽依も怒られないとホッとしながら来客用に座るテーブルにお土産を置く。
「そうか……次からは先に連絡をしてくれると助かる。もし知らない間に何かが起きていたらと思うと心配なのだ」
「……そっか、ごめんなさい」
「いや、今回はフェンネル様に連れられていったからメイにもどうすることも出来なかったしな……楽しかったか? 」
近付いてきてお土産を見るアリステアに頷いた。
「はい。今度はアリステア様も行きましょうね」
「…………そうだな、温泉か」
考えている様子をニコニコしながら見ている。
仕事柄あまりドラムストを開けられないアリステアが悩んでくれる。
温泉でなくても、何か一緒に出来るかもしれないと笑みが浮かんでしまう芽依は、今年1年、また皆で楽しく過ごしたいものだと背中で指を絡ませてアリステアを眺めた。
「そうだ、メイ。戻り呪はどうだった? 今回も怪我をしたと聞いたが大丈夫だったか? 」
「戻り呪ですか……」
眉をひそめてあの時を思い出す。
芽依が1番記憶に残っているのは、やはり背中を切られた事だろう。
それを素直に言うと、アリステアも良い顔はしなかった。
「……メイ、それ程深手を負ったのなら今年1年気を付けて生活するのだぞ。去年の様子を思い出しても、今年に同じ状態になる可能性が高い。それ程の深手なら、メイなら致命傷になりかねんからな」
「そう……ですね」
難しそうに話すアリステアに神妙に頷いた。
今年はいったいどんな事が起きるのだろうか。
もう痛みの無いはずの背中が引き攣った気がした。
「あ……そうだ。アリステア様、お部屋を引越しして庭に移動したら駄目ですか?」
「…………うむ、そうだな……メイ」
手で椅子を指したので、芽依は大人しく椅子に座った。
向かいにアリステアが座った事で、すぐに終わる話ではないと理解する。
「あのな、普通だったら国に属する移民の民は、片翼を抜かしてドラムスト内ならどこに住んでもかまわないのだ。でも、伴侶がいない片翼は何が起きるかわからない。伴侶の力を継承しているとはいえ、1人きりなら対処の幅が狭いからだ」
「はい」
「それと、国に紐付けられた移民の民は、自動的に伴侶も似た状態になる。だからこそ、傍で見ていなくても大丈夫なのだ。だがな、メイは伴侶が居ないからそれが適用されぬのだ。極端に言えば、メディトークであってもシュミット様にしてもメイを連れてドラムストを簡単に出ていけると言う事だ」
「…………ああ、領主館で過ごすのは、ある意味繋げる為の鎖なんですね」
「…………ああ、悪いな。こんな事をしたくは無いが、ここに住むことである程度の行動把握が出来る。嫌でも毎日顔を合わすだろう? 」
「嫌ってことはないです、絶対」
それを聞いて、先程のアリステアの動揺を思い出した。
連絡がつかず、朝に顔を合わすこともない。
フェンネルに連れ去られるように消えた芽依は、今ではドラムストに欠かせない人物となった。
「私はな、メディトークもフェンネル様もハストゥーレも信用している。メイに何かをするとは思っていないが、保護をしている以上芽依を守る義務があるのだ。奴隷としてフェンネル様達を繋いではいるが、あの方は強い。簡単にメイを連れ去られるくらいに。浅はかに行動する人ではないが、全てメイの為に動く。だから、メイ」
「はい。私のせいで誰かが死を選ぶ行動をしないように、気をつけます」
「…………ああ、頼むな」
安心したように笑ってから、前屈みになり声を潜める。
「あと……シュミット様は大丈夫なのだな? 」
「大丈夫ですよ、なんの心配もありません」
「そうか……いや、すまんな。私はあの方を知らないから」
申し訳なさそうに話すアリステアに芽依は目を細めて笑った。
優しさがすぎる人。
いつも心配するのは芽依の安否や恙無く過ごしているか。
その最低限ですら、時に芽依は心配させる自体になるのだ。
出来るだけ、アリステアの負担にならないようにと芽依もまた気を引きしめる。
最近胃薬を常備薬にしているのを知っているのだ。




