決断の時
◇
カイは、青い光を前に呆然と佇むことしかできなかった。
光の強さはさらに増し、青を通り越していく。
兵たちの目の色は変わり、口からは「聖女」という言葉が、漏れている。
これまで生きてきた時間、場所……大事なものさえも、すべてかき消してしまうのではないかと思えるほど、目の前は真っ白だった。
木々はいつものように揺れる。この騒動とは関係ない。自分たちは今まで通り、時を刻んでいくのだ。そう言っているようだった。
俺だって、ついさっきまでそう思っていた。村を追い出されたエルザは、結局は母の元に返って、またつまらない日常の中に戻っていく。それが、ずっと続いていくのだと信じて、疑うことはなかった。
再び淡い青い光へと変化していく。
やがて暗い森に戻り、静寂が顔を出していた。耳が痛くなるほどの静けさだった。
ただ眠っているだけのように見えた。先ほどまで火傷のせいで命が危なかったとは、思えない。
昼寝でもしているかのような穏やかな顔だ。
エルザは、目の前にある小さな胸へ耳を当てる。その顔が険しくなった。
「心音が弱い」
トマスの顔に赤みが戻っていない。
「トマス!」
カイは、乱暴に体を揺らそうとするエルザの手を止め、自分の上着を脱いだ。トマスの足の下に差し入れ高くする。
「たぶん、血が足りないんだ」
この前エルザに治してもらった時と同じ。流れた血は、元には戻らない。
「我々は、医師を同行させている。助かるやもしれぬ」
ベイシアがトマスの体を持ち上げ、駆けていく。カイがそのあとを追おうとした時、エルザの足に手が絡みついた。
トマスと同じように全身酷い火傷を負っている。
「神よ……どうか、おた……すけ、ください」
森が騒めく。エルザは無言、その横に膝をつき、手を翳す。
再び淡い青い光が辺りを照らしていく。木々が揺れ、草花も光に照らされていく。
それが、小麦畑が黄金色に輝く時期と重なって見えた。その頃の夕刻に、エルザは必ずやってきた。
「私、この時期のこの場所が一番好きなんだよね」
青い瞳に実った金色の穂を映していくその横顔を見るのが、好きだった。そして、エルザは名残惜しそうに必ず言うのだ。
「また、来年だね」と。
それなのに。
走り出した現実はもう止まってくれない。光が強くなる。草花が血で汚れがはっきりと見えた。
「……ごめんなさい。心臓が止まってしまっている人は、もう助けられません」
時折、エルザの覇気のない声が聞こえてくる。それでも、助けられる見込みのある兵を癒し続けた。
エルザは、すべて終えた後最後にルーンの場所へと歩いていく。兵士たちは、エルザを取り囲んでいた。エルザはそれを全部無視して、ルーンの元で膝をついた。刺さっていた矢を引き抜き、傷を癒す。すぐにルーンは立ち上がり、エルザへ自分の背中に乗れと言っているかのように、顔を近づけていく。
エルザは、その顔を撫でた。
「今まで、ありがとう。ルーンは、自由に生きてね」
エルザは、ルーンを送り出すように背中を押した。ルーンは名残惜しそうに振り返る。最後の別れの言葉を伝えるように、ルーンの嘶いた。そして、森の奥へと駆けだしていく。
エルザは、その姿が見えなくなるまで見送り続けていた。
そして、立ち上がろうとした身体が傾いた。
「エルザ!」
カイが、エルザの肩を支える。エルザの額に汗が滲んでいた。その顔は、蒼白だった。力を使ったことによる消耗なのか。それさえもわからない。そこへ、スリムの声が響いた。
「この娘を連行する」
腸が煮えくり返りそうだった。それは、スリムに対してなのか、あまりに無力な自分自身へ向けられているものなのか。
「どうして、エルザを連れていく必要がある?」
「大天使ラース様の命令だ」
一斉に視線が集まる。ここには誰も味方はいないだと、思い知らされる。
「エルザを連れて行くのなら、俺も一緒に連れて行ってくれ」
エルザが、袖を引っ張った。
「……カイ、ダメだよ」
抗議する声も普段とは比べ物にならないくらい弱い。尚更エルザを支える手に力が入った。
「頼む」
スリムは今にも叫びだしそうな顔をしていた。蔑んだような視線を、一直線に向けてくる。
ベイシアは、スリムの前に立った。
「お前を連れて行ったことによる我々のメリットは、何だ?」
ベイシアは、品定めをするよう厳しい表情だ。カイは、一度深呼吸する。
「俺は、ずっとエルザと一緒にいた」
吐いた息と一緒に、自然と口をつく。
「幼稚な答えすぎて、反吐が出る!」
すかさずスリムの罵倒が響いた。身体をまっすぐベイシアへ向ける。
「これから、エルザがどんな立場になるのかは、俺にはわからない。でも、きっとこれまでとは全く違う環境に置かれることになるんだろう。俺なら……エルザを支えられる」
スリムが更に歪んだ口を開こうとした。
「いいだろう」
ベイシアは、スリムを黙らせるようにそう言った。
「ベイシア団長!」
スリムが抗議の声を上げる。
「放し飼いされていた田舎者が、突然城の庇護下に入る。そこで錯乱でもされて、変な気を起こされれば、本末転倒だ」
ベイシアは、それだけ言って周囲へ指示を出し始める。
「早く、馬車に乗れ」
ベイシアは、カイにそう言いおいて他の兵の元へ歩いていく。
「俺は……お前のような無力なガキが、一番嫌いだ」
スリムは、すれ違いざまに吐き捨て叫んだ。
「二人を拘束せよ!」




