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38・本当の告白

「俺、知っちゃったんです。さやか先輩が体育祭のために、陰でどれだけ頑張っていたか。玉入れの練習、毎日放課後、指先を真っ赤にして、ボロボロになるまでやっていましたよね」


 か細く「あ……」と声が漏れる。


 自分の無様な、けれど必死だった「努力」という恥部を知られた絶望が、超能力を通じて嫌というほど伝わってくる。だが、俺は構わず続けた。その絶望こそが、彼女が積み上げてきた時間の重みだからだ。


「卵焼きも、はっきり言って甘すぎました。お義母さんに手伝ってもらい、中身を詰め替えることもできたのに、先輩は自分で作って、少し焦げたまま、不器用に形を整えてお弁当に詰め込んだ。……それから、先輩は覚えていないと思いますが、俺が風邪を引いた時。先輩は半べそをかきながら、俺にプリンを六個も、『あーん』で食わせました」


 もがいていた彼女の全身から、ふっと力が抜けた。


 抵抗する気力すら失われるほど、俺は彼女が隠し通したかった、泥臭くて、支離滅裂で、愛おしい「真実」を次々と暴き立てていく。


「でも、俺はそんなさやか先輩が大好きです。俺の事を思って、全ての努力を積み重ねてきたその姿……そして、俺なんかよりずっと、真っ直ぐな心を持っているところが」


 かつて殺人を企てていた過去を持つ彼女に、「真っ直ぐな心」という言葉を贈る。


 それは客観的に見れば、あまりに矛盾に満ちているかもしれない。かつて彼女が抱いた殺意は、黒く、濁った「歪み」だったはずだ。


 だが、今の彼女はどうだ。


 彼氏に相応しくありたいと、体育祭の練習に心血を注ぎ、料理が下手でも逃げずにフライパンを握り、愛する者を慈しもうとして、そして——。


 この期末試験で、喉から手が出るほど欲しかった「正解」を、最低最悪の誘惑を、自らの手で振り払った。


 その「不器用な正義感」こそが。


 超能力という安易な手段に溺れ、涼しい顔で他人の脳内から答えを掠め取り、「学年一位」という偽物の栄光を手にした俺が、とっくの昔にドブに捨ててきた、何よりも気高く眩しい光じゃないか。


 脳裏に、お義母さんの言葉が蘇る。


 さやか先輩が本当に欲しがっているのは、お膳立てでも、妥協でも、レベルを合わせてもらうことでもない。


 ただ、自分が必死に積み上げてきた行動に価値があると、世界でたった一人、俺に認めてもらうこと。


 俺は彼女の腕を少し緩め、涙で濡れたその瞳を真っ直ぐに見つめた。


 どこまでも清らかで、愚直なまでに純粋な瞳。


「俺は、もっとその『真っ直ぐな心』の傍にいたいのです。やかましくて、うるさくて……でも、俺のために正しい道を、泥臭く突っ走るその心が、俺は大好きなんです。今のさやか先輩の話を聞いて、俺はもっと、ずっと、さやか先輩が好きになりました」


 その瞬間。


 世界から、あらゆる音が消失した。


 いや、違った。


 俺の脳内に、さやか先輩の魂が放つ、今までに無い最大級の喝采が響き渡ったのだ。


『『『悟君!!!!!』』』


 その声は、もはや言葉の体をなしていなかった。


 歓喜。愛。安堵。驚愕。


 言葉にできないほどの巨大な魂の振動が、俺の受容能力を遥かに超え、あまりの音量の大きさに、逆説的な「静寂」へと転じたのだ。


 まるで銀河が衝突するような轟音が、俺の意識の全てを「さやか先輩」という存在だけで塗り潰していく。


 この日、本当の意味で彼女は救われた。


 殺人に手を染めなかったあの日が。


 テストでカンニングを断念し、無様な点数とともに正直に戦った今日の選択が。


 すべて、肯定された。


 あの日、遊園地で俺が並べた、彼女の表層すら理解していない空虚な慰めの言葉とは違う。


「頑張っているところが好き」という美波先輩が提示した九十点の正解に、自らの弱さと醜さを自覚しながらも、それでも正義の道を歩もうとした「真っ直ぐな魂」という、最後の十点が加わった。


 俺たちは、再び強く抱きしめ合った。


 教室の片隅で見守っていた美波先輩が、どこか満足そうに、けれど少しだけ気恥ずかしそうに目を細めている気配がした。彼女はもう、何も言わなかった。九十点の先にある「十点」を、俺が見つけ出したことを、その沈黙で肯定してくれているようだった。


 夕暮れ時の優しい風が、六月の重たい湿り気を連れ去っていく。校庭から聞こえる部活動の声も、遠くで鳴る電車の音も、すべてが祝福の調べのように聞こえた。


「……さやか先輩。次は、本当に二人で勉強しましょう。俺も『悪い力』に頼らないで、本当の勉強をします」


 耳元で囁くと、彼女は俺の制服の胸元をぎゅっと掴み、何度も、何度も頷いた。その小さな拳から伝わる力強さが、言葉以上に雄弁に彼女の決意を物語っていた。


 心の声は、大きすぎてまだ何も聞き取れない。


 かつては「大好き!!!」という爆音に耳を塞ぎたくなった俺だが、今はその「静かなる爆音」が愛おしくてたまらなかった。


 けれど、そんなノイズはもう必要なかった。


 腕の中に伝わる彼女の鼓動の速さ、頬を濡らす涙の熱、そして首筋に触れる震える吐息。


 それだけで、彼女が今何を考え、どれほど深く俺を愛しているか、今の俺には痛いほど分かったからだ。


 世界で一番不純な超能力者の俺と、世界で一番不器用な元・殺人志願者の彼女。


 俺たちは、どこまでも深く、この真実の地獄へと墮ちていく。


 誠実さという名の重荷を背負い、嘘と真実の境界線で足掻きながら、それでも共に歩んでいく。


 けれど。


 今、繋いだこの手の温もりと、一つになって重なり合う心臓の音だけは。


 この世のどんな「正解」よりも、透き通った音色で、美しく響いていた。


「……行こう、先輩。お腹、空きましたね。帰りに、プリンでも買って帰りましょうか。今度は、一つでいいです」


 俺の言葉に、さやか先輩は泣き笑いのような顔で「……うんっ!」と答えた。


 七月上旬の夕暮れ。


 俺たちは、ようやく本当の意味での「恋人」として、不器用な一歩を踏み出した。

あと4話、エピローグがあります。どうぞ付き合ってください。

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