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21・無力さに対する絶望2

「……犯人さん? な、何を根拠に言ってるのよ、あなた!」


 俺の宣告に対し、指を差された二年生の女子生徒が、顔を真っ赤にして激昂した。その声は救護所テントの薄い布を震わせ、周囲の生徒たちをさらにざわつかせる。


「証拠がないでしょ! 適当な言いがかりはやめてよ! 気持ち悪い……彼女を庇いたいからって、私を犯人扱いするなんて最低だわ!」


 彼女の口から溢れ出すのは、自己防衛のための罵倒。だが、俺の耳に届く「真実」は、それとは真逆の冷ややかな旋律を奏でていた。


『……焦るな、大丈夫。体温計はさっき着替えた時、自分のロッカーの奥に隠した。あそこを開けられるはずがない。証拠さえ出なければ、このままあの女に罪をなすりつけられる……。私は完璧にやったんだから……!』


 俺は、彼女の脳内から鮮明に響いた「ロッカー」の単語を見逃さなかった。


 迷いはない。俺は一歩踏み込み、彼女の瞳を真っ直ぐに見据えて提案した。


「……なら、あなたのロッカーの中を見せてくれませんか? あなたが潔白だと言うのなら、それで済む話です」


「はぁ!? なんでそんなことしなきゃいけないのよ! プライバシーの侵害よ! やるなら、その子のロッカーを調べるのが先でしょ!」


 驚くほどの必死さで拒絶する彼女。その過剰なまでの反応に、周囲の生徒たちも「……あれ?」と、疑念の目を向け始める。


 その時だった。


「……そこまで拒むなら、潔白を証明するためにも見せなさい」


 静かだが、鋼のような重みを持った声が響いた。


 佐藤先生だ。普段の温和なおじいちゃん先生の面影は消え、そこには厳格な教育者としての「有無を言わせぬ」威圧感が宿っていた。


「これは学校としての判断じゃ。体温計は学校の備品であり、紛失は重大な問題。君のロッカーの中身、確認させてもらうぞ」


「そんな……っ!」


「何度でも言おう。確認させてもらうぞ」


 佐藤先生の毅然とした態度に、女子生徒は言葉を失った。


 その後、佐藤先生同伴のもとで開けられた彼女のロッカーからは、紛失した一本の体温計だけではなく、これまで校内で盗まれていた他人の小物や財布などが、まるで戦利品のコレクションのように次々と出てきた。


 絶句する周囲の生徒たち。女子生徒はその場に崩れ落ち、震える声で何かを呟いていたが、もはや誰も耳を貸さなかった。


 佐藤先生は重いため息をつき、俺たちの方を向いて言った。


「……あとは先生に任せなさい。みんな、今日はもう帰るといい」


 騒動を背後に、俺はさやか先輩と共に校門を出た。


 秋の夕暮れ。駅へと続く坂道を下りながら、俺は隣を歩く彼女の様子を伺った。


 いつもなら、『悟君、最高に格好良かったよぉ!』と抱きついてくるはず。脳内は『大好き!』『結婚して!』という熱風のような爆音で埋め尽くされているはずなのに。


 今の彼女の脳内は、霧がかかったように、ひどく静かだった。


「……先輩」


 沈黙に耐えかね、俺は少しでも彼女の気分を上げようと、柄にもない言葉を口にした。


「今日の玉入れ、頑張っていましたね。俺、数えてましたよ。十三個なんて……本当に、格好良かったですよ」


「……あ、うん。……ありがと」


 返ってきたのは、ぼうっとした生返事だけ。


 俺は無意識に、彼女の深い部分にある「心」へ耳を澄ませた。


『……また、助けてもらっちゃった。せっかく体育祭で格好いいところを見せて、悟君を守れるくらい強い私を証明したかったのに。結局、私は疑われて泣くだけで、悟君が全部解決してくれた……』


 彼女にとって、俺は理想の彼氏として誇らしい存在だ。けれど同時に、俺に救われるたび、彼女の中の「悟君に相応しい彼女でありたい」という願いが削られ、負い目となって積み重なっていた。


 駅までの道のりで、会話は一度も弾まなかった。


 さやか先輩の歩みは重く、その思考からは自己嫌悪の泥のような色が漏れ出している。


 駅のホームに、帰宅ラッシュの電車が滑り込んできた。


「……じゃあ、また明日。悟君」


「はい。さやか先輩、また明日」


 視線を合わせられないまま、彼女は電車に乗り込んでいった。窓越しに見えた彼女の横顔は、今にも泣き出しそうなほどに歪んでいた。


 遠ざかっていく赤い尾灯を見送りながら、俺は深く息を吐き出した。


 あの時、俺に彼女を救わないという選択肢は無かった。目の前で彼女が傷つくのを、黙って見ていることなんてできなかった。


 けど、その差し伸べた手が、今の彼女にとって重荷になっていることは間違いなかった。


 他人の心が読めても、その心を救う「正解」だけは、どこを探しても見当たらない。


 俺は、冷え始めた夜の空気の中、一人で家路についた。

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