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イブキの鍼灸院  作者: ヨモギ・シン


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8/11

血虚・二三歳女性:患者編・前

血虚けっきょ:血が不足した状態。眩暈めまいや目のかすみ、肌の艶がなくなるなどの症状が現れる。女性では月経異常が現れる。

 今年は、私にとって節目の年になった。

 大学を卒業した後は就職せず、大学院へ進学した。三歳の頃から続けてきた体操競技も、気づけば二十年目になる。競技を続けながら研究を行い、将来は指導者の道も視野に入れている。


矢野(やの)先輩、ちょっといいですか?」


 体育館の端でウォーミングアップをしていると、大学生の後輩から声をかけられた。

 一緒に練習している子たちは、みんな年下だ。競技歴も私より浅い子がほとんどで、アドバイスを求められることも少なくない。


「どうしたの?」

「跳馬の着地なんですけど……」


 後輩の演技を見ながら、気になる点を伝える。

 踏み切りの位置、空中姿勢、着地の受け方。言葉を選びながら説明すると、後輩は何度も頷いた。こうして教える側に立つ時間が増えた。

 将来、指導者になることを考えれば、今はそのための良い練習期間でもある。どんな言葉が伝わるのかは、相手によって違う。それを見極められることが、良いコーチの条件の一つだと思っている。


 後輩への指導が終わり、次は自分の練習に入る。

 大学院生になると、練習時間の使い方を自分で決められるようになった。大学生に比べ授業が減り、代わりに研究や練習の時間が増えた。研究に余裕がある時は、その分、練習に時間を割くようになった。


(難しい技も、できるようになったな)


 確実に成長している実感があり、競技者としては充実している。

 練習を終えると、その日の予定はすべて終わった。大学入学と同時に始めた一人暮らしの家へ、真っ直ぐ帰る。自転車で十五分ほどの距離だ。

 帰宅後、夕食の準備をする。

 炭水化物とタンパク質を中心にした、いつもの食事。量は体型維持のため、抑えめにしている。美しさを保つことも、体操選手には必要なことだ。食事管理は、高校生の頃から当たり前になっている。

 食後はお風呂に入り、湯船で身体を温めてからメイクを落とす。それが習慣だ。


 ただ最近、鏡を見ることに少し躊躇いがある。

 メイクを落とした顔は、くすんでいて艶がない。顔色も白っぽく、体調が良さそうには見えなかった。

 それでも、メイクをすれば誤魔化せる。今はもっと大きな悩みがある。


(今日も、生理が来なかった……)


 大学院生になってから、生理の周期が乱れ始めた。そして気づけば、もう三ヶ月近く来ていない。

 女性アスリートにとって、月経の状態はパフォーマンスにも関わる。来ないのは楽だと思う反面、女としてはやはり不安だった。


(明日には来るよね……)


 そう願いながら、眠りにつく日が続いている。

 朝はまず、白湯を一杯飲む。肌質改善のために始めた習慣だが、まだ効果は実感できていない。

 朝練のため、少し早めに家を出る。


「……霧?」


 この辺りで霧が出るのは珍しくないが、寒い時期が多い。夏の終わりにしては、少し早い気がした。


(不思議だな)


 霧で視界が悪く、スピードは出せない。慎重に自転車を走らせると、前方に動物の影のようなものが見えた。


「猫?」


 進んでいくにつれ、その正体がはっきりする。


「……狐? しかも、白い」


 白い狐の背後には、いつの間にか鳥居が立っていた。回り道をしようにも、塀に囲まれていて他に道はない。

 仕方なく自転車を降りて近づくと、狐は逃げることなく、私の足元を一周してから鳥居の奥へ駆けて行った。


(ついてきて、ってこと?)


 自転車を押しながら参道を進む。朝練は自主的にしているため、時間には余裕がある。

 木々に囲まれた参道を進んでいくと、やがて視界が開け、古い家屋が現れた。

 入口の横には、小さな看板が掛かっている。


伊吹(いぶき)はりきゅう院……?」


 長い競技生活の中で、鍼灸師(しんきゅういん)の方にお世話になったことは何度かあった。

 そのためか、中に入るのに躊躇いは感じなかった。

 自転車を脇に止め、そっと扉を開ける。チリン、と鈴の音が響いた。

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