43話 大罪との邂逅
貧民街を抜け、王都全体へと広まりつつある魔族との闘争。
それを終わらせるため、五人将を含めた七人はそれぞれ今一番激しい場所になっている南ブロックへと向かっていた。
「マーリン様! 南ブロックの被害はどれくらいですか!?」
「さあ。だけど、想像を超えて遥かにやばいわ。そもそも戦える人が少なすぎる。守るべき人が大勢いて、それを食い散らかす魔獣も大勢いる。──五人将とて、広大な南ブロック、王都全体はカバーしきれない」
レイの状況を確認する声に、マーリンは切羽詰まった声を返した。
戦場を一変させる力を持った五人将。だが、彼らでも広大な敷地。尚且つそこに住む人を全員を守れるわけではないのだ。
だからこそ、数が必要だ。
魔獣に対抗しうるだけの戦力。その人物の到着こそが、急務だ。
「とはいえ、一か所に集めるのは愚策では? それこそ、全員をくまなく配置し、個々で撃破するという方がいいのでは?」
「いいえ。貴方達の話が本当で、『大罪』が復活したのなら、それこそ全員でかからねばこっちが死滅させられるわ」
だからこそ、全員で散らばり広い範囲で倒していく事が正攻法ではとガイウスは声を上げるが、マーリンはそれを否定する。
マーリンは15年前以上から五人将であり戦争で『大罪』と戦ったそうだが、その際は大けがをし戦線を離脱するほどだったらしい。
当時、彼女は戦姫と呼ばれるほど強かった。
だがそんな彼女でも、『大罪』には遠く及ばない。
その事実が、あまりにも重い。
「うん……、しる、ヴィア様……?」
「あ、ミル、起きた? 大丈夫? ケガとかしてない?」
「大丈夫、です。それに、自分で起きられますので……」
「ミル……そういう時はシルヴィアから離れないほうがフブゥ!?」
「調子に乗らないで、役立たず」
「おう……まず、お前の攻撃の位置を確かめてはくれないか……」
ここぞとばかりにミルをいじろうとして、逆に吹き飛ばされた。
しかも、急所へとミルの足蹴りが放たれたのは言うまでもない。
そのいつも通りにやり取りに、束の間穏やかな空気が流れ──。
それをぶち壊す絶望が、目の前からやってくる。
「うおおおおおお!!!?」
最初にそれに気づいたのは、シュウだった。
いや気づいたというよりかは、まるで知っていたかのような動き方だった。
圧倒的な威力の砲撃が、寸分の狂いもなくミルの頭を狙い──。
その前にシュウが立ち塞がった。
何も出来ないはずの彼がミルを守るように立ち塞がり、目の前に手をかざす。
一体、この場でそれを感じられたのはどれくらいだっただろう。
大気が歪むような感覚が彼らを襲った。
いや、それは大気の魔力が一か所に集中する合図だったのかもしれない。
全てを破壊しつくす最大の一撃が、万物の掟を超えた一撃が迫り──シュウを巻き込む寸前で止まった。
たった数秒。だが、それだけあれば軌道をずらすぐらいは出来る。
しかし、勢いまでは殺せない。
「うおっ!?」
吹き飛ばされた。
圧倒的な勢いに押され、上空へと舞い上げられ──。
そのまま後方へと飛ばされる。
軌道上にある建物、瓦礫、何もかもを壊しながら後ろへと飛ばされて──。
派手な爆砕音を周囲にまき散らし、ようやく止まった。
だが、体に怪我はほとんど見られない。
恐らくは自動的に発動したのかもしれない。
先ほどシュウが使った力、それはあの銀髪の少女から与えられた力だ。
曰く、守るための力。
だが、注意点は自身の魔力に頼るところだ。
魔力をつぎ込めばつぎ込むほど、目に見えない壁──正確には魔力を極限まで錬成したもの──が強固になっていく。
つまりは魔法と同じ理論だ。
そこで最大の落とし穴がある。
シュウには、魔法の才能はおろか魔力すら一般人より少ない点。それがネックと言ってもいい。
「くそ……どれだけ飛ばされた?」
体の痛むところを抑えながら、瓦礫を落としつつ立ち上がった。
周りを見てみれば、家が所々焼け落ちており、未だ血の惨状が垣間見える。
それだけで分かった。
ここは、貧民街だ。
しかも、元の前線。今は魔獣が消え失せ、静寂を取り戻していた。
先ほどの場所からかなりの距離だ。
ここからさっきの場所まで歩いていけば、何時間かかることか。
だが、立ち止まっているわけにはいかない。
意を決して、前に進もうとしたところで。
六人の影が舞い降りた。
まるで不吉を知らせる堕天使の様に、戦場へと絶望を振りまくために下りた。
知らない顔だった。
全員が知らない顔つきをしていて、シュウには見覚えなどない。
多種多様な姿をした彼らの中から、一人の人物がシュウへと近づいてくる。
それは不吉を呼び込むような呪いの白髪だった。
見る者を虜とし、永遠の地獄へと誘うような、そんな妖しさを秘めた赤い眼。
シュウにだって分かる。
こいつはやばい。
もう何が、とかそんな具体的な話じゃない。
得体のしれない恐怖が、途方もない恐怖が、シュウを一瞬にして襲う。
だが近づく白髪の男はシュウの様子など気にも留めず、口を開いた。
「お前が、今代の『冥王の眷属』か?」
「え……?」
「いや、知らないようだ。自覚はない。今なら御しやすいかもな」
「そうかそうか。なら、よかった。『賢者』は未だ全てを知らせてはいない様子だ。まあ最も、彼があれを見れば、今ある所属は変わるのだけどね」
シュウの気の抜けた声に、白髪とその後ろにいたローブの男が話し始めた。
しかも、内容は全く分からない。『賢者』。その単語が出たのは間違いないが、他の事は何も知らない。
そもそも、『冥王の眷属』とは何だ。
今代、とはどういうことか。もしもシュウを取り巻く体質、それらが『冥王の眷属』によって与えられているとすれば、同じような体質を持った人間がいたことになるのではないか。
一向に疑問が晴れない。
彼らが何者なのか、それだって疑問だ。ただ一つ分かるのは、圧倒的な強さを秘めているということだ。
それも、全員がシルヴィア級──いや、間違いなくそれ以上だ。
この者達が、ダンテの言っていた人智を超えたやつらなのか。
だとすれば、人間側に勝ち目などあるのか。
それこそ、ダンテのような圧倒的強者でなければ彼らに立ち向かう権利などない。
だが、それが諦める理由になどならない。
自分一人ではどうにもならないことを悟って、それでもなお抗おうと立ち上がって──。
不意に、白髪の男性の眼がこちらの眼を見据えてくる。
血塗れた赤の瞳で、シュウの心を見透かし──。
溜息をついた。
「──」
「ああ、ああ。気にすんなよ。こっちの個人的な理由に過ぎない」
「どうしたユピテル? 何か気になることでも?」
「ああ。お前ら、先に目標の所に行っててくれ」
「君はどうするんだ、ユピテル」
ユピテルと呼ばれた男性の急な命令に、ローブを全身に覆っている男性はほんの少し困ったような声で告げた。
「俺は、そうだな。──こいつの眼が気に入らない」
改めてシュウの方を──否、彼の瞳を見て、気にくわないと切り捨てた。
いつもことか、とローブ姿の男性は嘆息し。
「まあ、いいさ。君の好きなようにするといい。私達は、それを一切咎めやしない。──君が私達の長だ」
「ああ。そうさせてもらうとするさ。──久しぶりの獲物なんだ。少しは楽しませてくれよ?」
ギラギラと目を輝かせ、口から零れた犬歯が──皮膚すら貫通するほどの大きさの──その恐ろしさを助長する。
他の仲間たちは、それを見届けるとどこかへと去ってしまう。
いや、彼らからすれば目標と言っていたところへか。
とはいえ、窮地を脱したわけではない。
それどころか、絶体絶命度は増した。
間違いなく最強の一人がシュウの前に残っているのだから。
「じゃあ、始めようか」
手を振りかざし。
強大な魔力が集まっていくのが、シュウにだって感じ取れた。
格が違う。次元が全く違う。
最早、一人の魔法使いが辿り着ける位置をはるか遠くに超えている。
「ま、せいぜい生き残ってくれよ?」
獲物を嬲り殺すような声音で、一方的に暴虐を愉しむ王はゆっくりとその腕を振り下ろして──。
貧民街を巻き込み、範囲数十キロの攻撃がシュウを飲み込む。




