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42話 絶望の復活

 希望と絶望。


 人が持ちうる表裏の感情だ。


 希望があれば、いつか必ず絶望はやってくる。


 その逆もまた然り、だ。


 ちょうど光と闇の関係と似ているのかもしれない。


 光のすぐそばには必ず闇が存在する。


 強ければ強い程、片方に飲み込まれまいと更に膨張する。


 切っても切り離せない関係とでも言うべきか。


 まるでそんな二つであるかのように。


 希望と絶望もまた切り離せない。


 分かりやすい希望に縋ることは、安直な光に頼ることは即ち絶望がその場を支配する前触れでもあることだ。


 そして、今王都を飲み込もうとしている希望。


 その奥に最大の絶望が潜んでいることを、まだ知らない。






















 王都内の南ブロック。


 王都内の人間が住む居住区間であり、一般の人々が住む場所だ。


 そこでもまた、魔獣が跋扈していた。


 否、何者かによって変えられた人間が人を襲っていた。


 貧民街だけで終わるはずだった悲劇は、今や王都中に広がっていた。


 魔獣の爪が、牙が、人の喉を食いちぎろうとして──。


 一つの銀閃が煌めき、魔獣の爪を、牙を折る。


 そこにいたのは、色が抜け落ちたような白の老人だった。


 とはいえ、その姿には鬼気迫るものを感じ取ることが出来る。

 

 そして、何よりその目。まさに悪鬼羅殺。それを体現したかのような目つきであり、五人将を代表する老兵。


 ヴィルヘルムだ。


 そして、後方にもう一人。


 魔獣を殲滅する影があった。


 騎士に与えられる鎧、そして正装を着崩している青髪の青年だ。


 彼の手に持つ槍が放たれるたび、魔獣の命を絶命させていく。


 彼もまた同じ五人将の一人、精鋭だ。


 アルベルト。


 最高に輝く立場にいるはずなのに、しかし全く有名ではなく影に埋もれがちな青年である。


「ヴィルヘルムさん。これどうするんですか? 流石に俺達だけじゃ厳しいと思うんですけど」


「ああ。だが、だからと言って目の前の惨状を捨てる義理にはならないだろう」


 ヴィルヘルムはすぐさま剣を返し、目の前の獣を屠る。


「マーリンが援軍を連れてくるまで、持たせるぞ。アルベルト」


「了解です、っと」


 喋る片手間に、次々と屠っていく真の実力者たち。


 彼らはマーリンからの援軍に期待しつつ、その場の魔物たちを殲滅するのだった。






















 王都の隅。


 そこに六つの影があった。


 火蜥蜴族(サラマンダー)水精霊(ウンディーネ)不死者(ヴァンパイア)悪夢族(ナイトメア)宝石族(カーバンクル)死霊使(レイス)


 全て魔族であり、尚且つかの種族の中で最も恐れられた文字通り最恐の幹部。


 全員が『大罪』の力を有した人の理から外れた者達。


 それが、今ここに集結していた。


「てか、フェクダさ。そうやって食うのやめてよー。折角メグレスが誘導してくれてんのにさー」


 赤い宝石を額にはめた見た目小さな少女が、未だ天高く見上げているメグレスと呼ばれた誰かに話しかける。


 フェクダと呼ばれた男の服装はいたってシンプルだ。浅黒い肌の上にボロボロの服一枚。そして、若干赤みがある髪をしている。


 その隣にいる女性。人間のような恰好をしているが、決定的な違いはその頭に生えている角だろう。


 妖艶なその姿も相まり、まさに悪魔とでも言うべきものになっている。


「悪いな。どうしてもどす黒いのは我慢できなくてな」


「それに、メラク。ここは今負の連鎖よ? 別に誘導できる人間なんて大勢いる。だから、いちいちカリカリしなくても大丈夫」


 どこか拗ねている子供を慰めるように、女性──メグレスは少女の頭を撫でる。


「うう~。でも、次からは止めろよ!」


 だが、それでも止まらないのか涙目になりながらフェグダを指さす。


 茶番。それもどうしようもないほどの。


 忘れてはならない。ここにいるのは魔族の最大幹部だ。


 そして、その会話には混ざらない三人は。


「やあやあ。ミザール。どうしたのですか。空など見て」


 一人の男性──体全体をローブで覆い、自らの顔を隠すのはレイスと呼ばれる種族だ。彼は光照り付ける空を見上げる一人の男性。


 否、太陽の光を反射して輝く鱗を覗かせるそれは蜥蜴そのものだ。


 そして名はアレス・ミザールだ。


「ああ、アルカイドか。いや、なんでもないさ。──ただ殺したくてたまらないやつがいたんだ」


「へえ。もう、いたのか。早いね。──私も、早く知識を吸収したいものだ」


 早くもこの世界で目標とするべきものを見つけたシリウスに、羨望の眼差しを向けるアルカイド。


「お前もお前で狂っていやがるな。だがまあ、俺としても早くあいつを殺したいんだ」


「アルカイド。ミザール。久しいな」


「おお……ユピテル。君も久しぶりだね。君は……まあ、無事なようだ」


二人の会話に入り込んでくるのは、また一人の男性だった。


 黒い服を纏い、見るものすべてを悪へと引きずり込む魔性を覗かせる赤の瞳。


 そして、煌びやかになびく白髪。


 そう、魔族において最も最上の地位にいるヴァンパイアだ。


「まあな。あの男への恨みを晴らすまで、死ぬわけにはいかない」


「ふうん。──それにしても、上手くやってくれたようだね。アリオトは」


 最高の血族たるヴァンパイアの恨みを受け止めつつ、自らたちが復活する機会を与えてくれたセレスに感謝を感じる。


 正に今の王都の状況は彼らにとって最高の舞台だ。


 怒り、恨み、妬み。様々な感情が渦巻き、全体を負へとさせている。


 彼らが活動するには。そして、最大の仇敵を討つためには整いすぎている。


「その通りだ。あとは──奴が持っている『大罪』を奪えれば、ベストだが」


「流石にそれは厳しいのではないのかな。やつは『大罪』の他にまだ忌々しい『英雄』の力も兼ね備えている。──代々、彼らは私達と同じような実力であるのに、奴だけは一線を画している」


「ああ。俺としてはあのくそったれ野郎さえ殺せればなんでもいいんだがな」


 魔族最大の裏切り者である者の話をしているが、隣で呻いているシリウスはどうにも憤怒の対象が別に移っているようだ。


 そう、今彼の頭を支配しているのは金髪のショートで白い服を着た少女だ。


 自分をあそこまでコケにしてくれたツケは払ってもらわなければならない。


「さて、他の奴らもそろったようだな」


 そこで先ほどまでアルカイドと喋っていたユピテルはいつの間にか最高の血統に相応しい、正に支配者たるものの威厳でこの場にいる全員に語り掛ける。


 それまで自由に喋り通していた『大罪』達もまた、彼の声に耳を傾けた。


 自由奔放な『大罪』集団をまとめるには、恐らく彼しかいない。


「俺達の目標はただ一つ。──我らが女王の復活。そして、人間族への復讐だ」


それこそが自らたちが生み出された最大の理由だと、彼は語る。


「だが、その前に。やらなければならないことがある。──裏切り者、ダンテ・アルタイテ。やつには地獄を見せなければならない」


 たった一人にして『大罪』を全て撃滅せしめ、今なお生ける伝説として語り継がれているダンテ。


「では、征こう。──絶望を、振りまこうではないか」


 ユピテルの口から出た言葉に、彼らは一様に頷いた。


 世界を混沌に貶めた最悪の敵。それらは今解き放たれ、絶望はついに希望を飲み込もうとしていた。



















 世界の果て。


 世界地図において方角の果てにある祭壇。


 そこに閉じ込められている女神達は、絶望の登場に笑った。


「ふふ。その程度の絶望で世界を覆そうだなんて、面白いことを言うものね」


「ええ。彼らは知らないのですから。この世界の仕組みを」


「そして、世界を飲み込む混沌の渦は、貴方達ではない」


「最後の鍵は、あの黒髪の少年にある」


「さて、ですが、このままではあの少年が死ぬこともあり得ますが」


「問題ないかと。彼には『慈愛』がついております。かの存在がいれば、死ぬことはあり得ない事でしょう」


「そうなら、我らの悲願は達成させられる」


「ええ。彼は破滅の具現者。彼がもたらすのは救いなどではなく、破壊なのです」


「で、あるのならば、私達が介入する必要はないでしょう」


 会談を締めくくるような声に彼女たちは頷き、散っていくのだった。

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