41話 五人将の到着
ガイウス達は立ち込める血の霧の中を、歩いていた。
ここは貧民街の外。外壁周辺だ。
そして、先ほどまでシルヴィアが戦っていたはずの場所でもあった。
ガイウス達はただ血の海を掻き分けるようにして、かの『英雄』を探していた。
人の死体と魔獣の亡骸が交互に積み重なり、まるで地獄へと誘うかのような道を作り出していた。
その中心に。
『英雄』はいた。
剣を支えにしてどうにかこうにか立っていられるような態勢で、自分が打ち倒した残骸を見つめていた。
「シルヴィア……」
声が落ちる。
それは、ガイウスの背中からこぼれたものだった。
ガイウスの背に背負われていた黒髪の少年──シュウはシルヴィアの身を案じ、体をねじりながら地面に落下した。
その音でようやく気付いたのか、シルヴィアは何事か言った調子で急に振り返る。
なんだか久しぶりに見たような気がするその顔は、疲れ切っていた。
どうしようもなく、摩耗していた。
ササキシュウと同じように、心を痛めていたのだ。
今にも崩れ落ちそうなシルヴィアを見つめ、シュウは自然と歩き出す。
あの時の誓い。確かにシュウはこう言った。
必ず守ると。
だが、結果はどうだ。
目の前にそびえ立つ小さな少女は、ただ震えていた。
救うと言っておきながら、結局は彼女が苦しんでいるのを止められなかった。
なら、今シュウがしてやれることはなんだ。
理由は分からない。どうしてそんなことをしようと思ったのかも、謎だ。
シュウもシュウで呆然とした足取りで、シルヴィアへと向かう。
それに気づいたのかシルヴィアはシュウの方を見て、無理に笑顔を見せようとして──糸が切れたように、ひざを折る。
だが、そのまま地面に倒れることはなかった。
「しゅ、う……?」
「ああ……そうだ。シルヴィアの従者、ササキシュウだ」
倒れそうになった体を、シュウが抱きしめるような格好で受け止めた。
「シュウは、怪我、してない、よね……」
「ああ、怪我は、してないよ」
「なら、よかった……」
シュウの回答に安心したように、目を閉じるシルヴィア。
未だ16歳の少女。心だって満足に成長しきれていない。
そんな中、最善を選び心をすり減らした。
これが、『英雄』がやらなければならない事なのか。
一人の少女がこんなにも疲弊しながらも、戦わなければならないのか。
そのちっぽけな肩に、期待というあまりにも強大な想いを背負わせることが正しい事なのか。
思わずシルヴィアを抱く手に、力が入る。
「シュウ……ちょっと、痛い、かな……」
「えっ、ああ、ごめん。少し考え事してて……」
「二人とも、いいだろうか」
どことなく桃色の雰囲気が漂う二人の間に、そんなことをしている場合ではないとガイウスが割り込んでくる。
「んだよ……少しいい雰囲気に入ったのに、邪魔すんなよ……」
ガイウスのせい? でシュウが初めて体験した桃色の雰囲気。それが儚く消え去った。
全ての根源であるガイウスに恨めがましい視線を送るが、すんなりと無視される。
「シュウ。君にはダンテ様から預かった伝言があるのではないのか?」
「──ああ。忘れてたよ」
シュウにはダンテから預かっている伝言がある。
それを伝えるために、ここまで来たのだ。
「シルヴィア」
「うん。なに?」
「ダンテ、さんが言ってたんだけど。『風が悪い』って意味が分かるか?」
シュウの口から紡がれた言葉に、シルヴィアは目を見張る。
「本当に、師匠がそう言っていたの?」
どこか震える声で確認を取るシルヴィアに、シュウは頷く。
「風が悪い。それは基本的に風が、ううん、大気中の魔力が騒いでいる状況の事なの」
「魔力が……?」
「魔力が震えるって……一体、なんで……」
シルヴィアの説明に、シュウとレイがそれぞれ反応する。
だがシュウはその意味を理解してではなく、ただ反芻しただけだ。
レイは違った。魔法を使う者として引っかかるところがあったのだろう。
シルヴィアはそれぞれの顔を見つめ、意を決して口を開く。
「最悪の三大魔獣。世界に歓迎されていないから、大気は招かれざれる者を排除しようと動く結果なの。──八咫烏。それが、出る前兆」
シルヴィアの口から出た単語に、シュウを除く全員の顔が引きつった。
──三大魔獣。シュウとて、聞いたことはあった。
世界を跋扈する悪。自由気ままに災厄を振りまく獣達の総称だ。
そして、何よりその名前。
──八咫烏。
それはシュウの世界に伝わっていた鳥の名前だ。
あるいは神の使いとして。あるいは太陽の化身として。あるいはそれ自体が神として。
幾つも伝承を知っていた。
なぜそれが、この世界の魔獣の名前になっているのだろうか。
ゴブリンやミノタウロスと同じ感覚か。それとも、誰かが名付けたのか。
少なくとも後者であるならば、シュウと前代の『英雄』以外に、もう一人。
転生者、もしくは転移者がいた証だ。
「もし、それが本当だとして。絶対に来るのか?」
「うん。魔獣の経路は本当に気まぐれなんだけどそれだけは確実」
シュウの疑問に、絶対にそうなるとシルヴィアは断言した。
「三大魔獣。今までの『英雄』でも倒せなかった相手だ。三代前の『英雄』も、三大魔獣の一角に滅ぼされた」
今まで二人の会話を静観していたガイウスだが、ようやく入ってくる。
三代前の『英雄』。ダンテ程じゃないにせよ、それでも相当な実力者だ。
その『英雄』が、滅ぼされた。
それはつまり現状。『英雄』ですら三大魔獣には対応できない可能性がある。
「でも、倒さなきゃいけない」
確固たる決意を瞳に写し、シルヴィアはそう言った。
その言葉にはレイやガイウスも賛成する。
「確かにその通りです。倒さなきゃ、皆必死で繋いでくれた希望が絶たれてしまう」
「なんであろうと、立ち向かうしかない、ということか。──勝算は限りなく低い。だからこそ、君とシルヴィア様にすべてを任せよう」
ガイウスから名指しされ、思わず面を喰らう。
どうして、そこでシュウの名前が出てくる。
違うだろう。そこは、シュウに全てを任せるのではなく、皆が考えを出して乗り切るところだろう。
なのに、なぜシュウに頼る。
同じくして、レイやシモン、シルヴィアまでもが期待の視線を向けてくる。
「──」
違う。シュウは誰かに期待されるほど崇高な存在じゃない。
間違っている。シュウには何の力もない。そんな期待の眼を向けられる存在などではないのだ。
「俺、は……」
震える口を動かして、何かを言おうとして。
ちっぽけな声は、しかし轟音にかき消される。
いや、咆哮。
シュウを散々苦しめてきた猛牛。それが、いきなり後ろから現れた。
どこからとか、なぜここにとか、そんな前提は吹き飛んでいた。
異常に気付いたガイウスとシモンが剣を握り、レイが魔法を放とうとするも、もう遅い。
例え、迅速で振るわれようともはや間に合わない。
猛牛の大剣が一番後ろにいたレイをなぎ倒そうと肉薄して──。
唐突に、爆ぜた。
『グオッ!?』
途轍もない爆音がシュウ達の体を打ち、耳を劈くような勢いで場に流れていった。
当然、寸分の狂いもなく振るわれた剣先はレイのすぐ横へ通り抜ける。
だが、それだけでは終わるはずがない。
「ギリギリ間に合ってくれたようで何より!」
女性の影がシュウ達の上空を飛び越えていった。
それは純白の鎧を着た若干赤みがかった茶髪の女性だった。
女性の剣は綺麗な放物線を描き、猛牛へと向かって──当たると爆発する。
『グウウゥゥ……』
「──ああ、面倒だからさっさといって!!」
猛牛の固い皮膚に当たる度、切っ先が煌めき爆発を起こし、猛牛の皮膚を削り取っていく。
都合、三十ほどの爆音が鳴り響き──猛牛の躰が揺れ、倒れた。
まるで一仕事終えたと言わんばかりに額の汗を拭い、改めてこちらに振り返る。
妖艶、そんな言葉が当てはまる人だった。
「全く、ガイウス。少し注意が足りてないんじゃないの?」
「すみません。マーリン殿。油断をしました」
どことなく母親臭を発揮するマーリンに、どこか安心したような声音でガイウスは返した。
それに、ガイウスから飛び出た言葉。
マーリン。王国を代表する五人将の中の一人を担う女性だ。
とはいえ、シュウ自体も聞いたことしかないので初めて見るマーリンに気圧されるような感覚に陥る。
ある意味ではガイウス以上に研鑽を続け、女性という立場にありながら国を代表する五人将に上り詰め、女性の地位向上へ貢献した。
「さて、シルヴィア様。無事で何よりです。……それに、シュウ殿も」
「え……なんで俺の名前まで……」
この場にいる全員の中からシルヴィアを見つけ出し、恭しく礼をし──傍に控えていたシュウの名を呼んだ。
そのことに思わず素が出てしまう。
「知っていますとも。貴方はシルヴィア様の従者であり、尚且つ色々と悪目立ちしていますから」
「マーリン殿。ヴィルヘルム殿と、アルベルトはどこへ?」
ガイウスは未だ姿の見えない二人の旧知をマーリンに尋ねる。
「二人は南の方で暴れてる人たちを抑えているわ。──貴方達も急いで。面倒なことになりつつあるから」
「そのようにしたいのはこちらとしても本位なのですが……ですが、どうにもきな臭い」
シルヴィアから伝えられた情報。最悪の魔獣八咫烏の出現をマーリンに伝えるガイウス。
彼の事務報告を聞いたマーリンは顔を思いっきりしかめていた。
「はあ……面倒ね。とはいえ、この場に居ても何の進展もない。だからと言って、それぞれ分けるのは得策じゃない。──全く、本当に打ちようがないわね」
今置かれている状況を改めて思い出し、嘆息する。
「でも、五人将が全員そろった。ならば、この程度の絶望は押し返して見せましょう」
マーリンが不敵に笑って。
ガイウスもまたその言葉に頷く。
魔族の参謀。彼すらもその実力を認めたその強さを、今こそ発揮させる時だ。
王都は、希望に包まれようとしていた。




