44話 傲慢対英雄
『大罪』の力を有する敵──ユピテルと呼ばれた男の一撃。
魔力を歪ませるほどの一撃が王都──否、シュウめがけて炸裂した。
それは王都中を揺らし、振動を与えた。
圧倒的、などでは済まされない。
人間などとは次元が違う攻撃が王都を揺らし、塵へと変えていった。
爆心地を包んでいた霧や砂埃はようやく晴れ、爆心地の状況が確認できるようになる。
酷い有様だった。
激突した地面は丸く削られ、さながらクレーターの様に抉り取られている。
当然そこら中にあった家や施設。また人の死体、血。何もかも巻き込んで爆発し、全ては塵芥へと変化した。
全てが瓦礫すら残らない惨状の中で、ようやく何かが動いた。
その体から血を滴らせ、自らに積もった塵を払いながら、立ち上がろうと地面を蹴る。
「なんだよ、今の……」
最早満身創痍といった調子でただ呟いた。
先ほども述べた通り、シュウのこの力においては自身の魔力に頼るところが大きい。
自分の魔力をほとんどつぎ込んで、這う這うの体でどうにか生きられている状況だ。
しかも、恐らくではあるが相手は本気ではない。
ほんの小手調べ。
手加減を重ねたうえで、こちらの出方を伺っているのだ。
「おお! 生きてたか、よかったぜ。なんだか殺しちまったと思ったが、どうやら無事そうだ」
「あんたは──」
シュウが動いたのを見計らって、上空から先ほどの男が下りてくる。
「その力は……『慈愛』の奴か? はあ……どこまでも邪魔してくれるな、あいつ」
「──お前、は」
「ああ。そうだな。言ってなかった」
ユピテルと呼ばれた白髪の男は、シュウの目の前に立ちふさがる。
そして、これまでとは全く違う、一段低い声音で告げた。
「俺はユピテル。ユピテル・ドゥーベ。魔族幹部──『傲慢』の席に座らせてもらっている」
「『傲慢』──だと?」
ユピテルの素性がついに明かされる。
やはりと言うべきか。15年前まで人間族を苦しめた最悪の魔族。幹部の一人。
『大罪』の中で、『傲慢』とは最も恐れられている感情だ。
それが目の前の敵に通用するかどうかは知らないものの、それでもその異様な場違い感だけは伝わってくる。
違う、違うのだ。
目の前の男は、この世界の掟を超えている。それほどまでに、遠い。
「──ほう。その目。本当に気に入らないな……。絶対的な相手を前に、それでも立ち向かおうというのは勇気じゃない。自惚れだよ。──そして、自分に酔って、何とか切り抜けられると考えるのは。『傲慢』だ」
「──?」
「──やはり効かんか。未完成な器ならあるいは、と思ったのだがな……」
「何が、したいんだ……お前」
「何、決まっている。お前の心を折ろうと思ってな」
当然といった調子で、シュウからの疑問に答える。
「ああ、そんなに気張らなくていい。──だが、その拳はなんだ? なぜ握っている? まさか、戦おうと? 先ほど格の違いは見せつけたと思っていたのだがな」
ユピテルは目を細め、抗うことを無駄だと言い切る。
「まさか、一人で何かをしようとでも? 無駄だよ、お前と俺の差は分かり切っている。──お前は弱い。誰よりも。そして、誰よりも臆病だ」
「──っ」
確信を突かれた。握る拳から力が抜け、底冷えするような冷たさが背中を這うように伝ってくる。
「誰よりも弱いお前に、何かが出来るとでも? 違うはずだ。弱いなら弱いなりに足掻くのは別に構わん。それは自らの力量を知って、自分の限界を知っているからだ」
「──」
「だが、お前のそれは違う。──ただの現実逃避だ。精一杯やれば、神でも何でもが助けてくれるなど思っているのか? ──ははっ、とんだおめでた野郎だな」
何も、言い返せない。
「思い上がり、それはいつしか『傲慢』へと成り果てる。お前に、『慈愛』は似合わん。弱きものよ。せめて自らの戦う理由ぐらい持ったらどうだ?」
それはあるいは、悪魔の囁きだったのかもしれない。
「お前は、ここに何のためにいる? 自分を貫き通す意地もなく、自分の力量を見誤って、それで何のためにここに立っている。戦う理由も、貫くべき意地も、ここにはないだろう」
シュウには戦う理由などない。
そもそも、シルヴィアを守ることが目的なら首を突っ込まなければいい。
こうした事件に、シルヴィアを関わらせなければいい。なのに、そうしてこなかった。
守りたい。だけど、事件には自分から首を突っ込む。
矛盾が生じているではないか。
──だがそれでもシュウのやりたいことは、やらなければならないことは決まっている。
「まさか、こんなことは思っていないよな? ──自分が戦うのは誰かを守るため、だなんて」
図星だった。
「おいおい、お前はほんとに『傲慢』で、『強欲』だな。──自分すらろくに守れないのに、誰かを守ることなんて出来やしないだろうが」
「──」
「思い上がりも大概にするんだな。──お前では何も救えやしないし、誰も守れない。それを知れ」
知っていたことだ。分かっていたことだ。
シュウには何もない。
なのにガイウス達からは過度な期待をされ、何かを求められている。
だが結局は、どれだけ偽ったところで。
シュウには何の力だってないのだ。
それを再度誰かに突きつけられただけ。
だが、その事実がこの上なくシュウを傷つける。
どうして、自分には何もないのだ。力がないのだ。いつだってそう思ってきた。
シルヴィアを守り通す力が欲しい。それでも、現実はそこまで甘くはない。
所詮物語の主人公ではないササキシュウには、主人公たる力持ちし者達をどこかで見ているしかない。
いつだって見つめて羨ましがって、そうやって生きていくだけの人生なのだ。
ずっと分かっていたことだからこそ、心に響く。
「俺、は──」
「戦う理由もない奴が戦場に居るな。そんなやつは足手まといにしかならねえし、覚悟ある者の尊厳をこの上なく貶める。だから、お前みたいな人種は最もいらつくんだよ。──最弱が」
もう、顔を上げることすら出来なかった。
男の声が発せられる度、それはシュウを傷つける最良の方法となる。
認めたくはなかった。分かっていて、認めることなど出来なかった。
ずっと目を逸らし続けて、だからこそ耐えられない。
「だから、安心して。──死ね」
冷酷な声だった。
再び、先ほどの魔力を込めた一撃──それ以上の力を込めた爆撃が、シュウの上空を埋め尽くす。
太陽と見紛うほどの大きさが、徐々に落ちてきて──。
轟音を上げ、塵になる寸前。
何かが突然介入した。
それは剣を持ち、一凪ぎで圧倒的な威力を斬り伏せる。
燃え盛る炎を斬り伏せ、桃色の髪をはためかせるはシュウの知る限り一人しかない。
生気すら失った声で、目の前に立った一人の少女の名を呼ぶ。
「し、ルヴィア……?」
「大丈夫!? ケガは!?」
「おいおい……何の冗談だ? あれ防ぐかよ……人間如きにしちゃ相当な強さだな、おい……」
無意識に、彼の口から言葉が飛び出る。
「貴方が、この惨状を引き起こした張本人?」
シルヴィアは抉り取られた地形を見回して、改めてユピテルに向き直った。
「ああ。『大罪』の席に座るユピテルだ。──で? お前は誰だ」
歴戦の兵士ですら射すくめられるほどの視線を浴びせ、それでもなお屈しない少女に名を求める。
「私はシルヴィア。シルヴィア・アレクシア」
シルヴィアは呼応するように、自らの名を告げた。
初めてだ。彼女が、自ら名を告げるのはシュウが知る限り初めての事。
その名前に、ユピテルは口角を吊り上げ。
「そうか、お前が、ダンテとあの女の……」
どこか愉快そうに嗤って。
「じゃあ、第二ラウンドと行こうか! 『英雄』との戦争をな!」
ユピテルがいたはずの地面が蹴り上げられ、跳ね上がり、形を失い──。
同じくシルヴィアも動く。
互いの速度は完全に同じだ。
いや、僅かだがユピテルの方が早い。
互いの剣が唸り、斬り上げ、金属音がなり──。
「えっ!?」
だが、そうはならない。
敵の放った斬撃がシルヴィアの剣をすり抜け、そのままシルヴィアを殺さんと迫る。
流石はシルヴィアと言うべきか。
圧倒的な反応速度でそれを紙一重で回避し、次への攻撃へ──。
「ああ。ほんとに強いな。──だが、それだけで『大罪』の相手をするのは荷が重い」
「な──」
声が上がった。それだけで、速度が一段と増す。
シルヴィアを超えた最高速度。しかし、加速は止まらない──どころか、更なるギアへと昇華していく。
シルヴィアが行動を起こす度に、ユピテルは二度も三度も攻撃を放ってくる。
──これが、『大罪』。
これほどまでとは、思わなかった。
あのシルヴィアが苦戦を強いられるなど想像も出来なかった。
王都での引き金の戦いの時ですら、彼女は苦戦こそあったものの最期は圧倒した。
だが、今回の戦いに逆転はあり得ない。
そう、思わざるを得ない。
「ははっ。安心しろ。そう簡単に死なせるつもりなどありやしねえ。──お前には地獄を味わってもらわなければならないからな」
更に加速し、シルヴィアの全身に裂傷を負わせていく。
「く──」
だが、シルヴィアも負けてはいない。
敵の攻撃を寸前で避け、持ち前の体術で躱している。
──反撃する術がない。
そもそも、あいつの攻撃が防げていない。
いや、すり抜けていると言った方が正しい。
とにかく攻撃が当たらないのであれば防御だって出来ないし、魔法を使えないシルヴィアには反撃の手段は残されていない。
結果は見えた。ユピテルもそう悟ったのか、剣の柄をシルヴィアに当て、後方へと吹き飛ばす。
大きな音を立てて、丸くなった地形へと背中から激突し。
それを追うように、ユピテルもまたゆっくりとした歩調でそこを目指す。
恐らくは、先ほどの言葉を実行する気だ。
いたぶって、殺す。
ギリッ、と奥歯を噛み締める音がこの場に霧散した。
シュウの頭の中には、ユピテルの言葉が呪いの様に張り付いている。
──戦う理由もないやつが、ここにいるな。
──お前では何も守れない。
確かにそうだ。
シュウだけでは何もできない。
最弱であるはずのシュウには、何かを変えることなど出来やしない。
シルヴィアを守るために、あの場に馳せ参じなければならないのに、体が言うことを聞かない。
さながら、拘束されている状態と同じだ。
前に進むための一歩を踏み出す勇気がない。
そうしている間にも、ユピテルはシルヴィアへ向けて斬撃を放とうとして──。
あの言葉が聞こえた。
──俺が、必ず守る。
いつか言った誓いの言葉。
だけど、それはいつもとは意味合いが違った。
まるで、自分以外の誰かが告げたような──。
だが、シュウが再起するには十分だった。
未だ、戦う理由はない。この場に立つ資格すらないのかもしれない。
シュウにはこの世界で生きる資格なんて、生きる意味なんてなくて、価値なんてこれっぽっちもない。
だけど、願ったことがあったから。想ってしまったことがあったから。
だから、今は──。
「させるかよ!」
ユピテルの斬撃。防御不能の一撃がシルヴィアに放たれ、シルヴィアが目を細めて──。
その間に、シュウが割って入った。
「なに──?」
「シュウ!?」
この戦いに馳せ参じたことを疑問に思う声と、参加してしまったことを心配する声が同時に、シュウの頭に流れ込んでくる。
──体が熱い。燃えるように、体の体温が上がっていくのが分かる。
本能のまま、銀髪の少女から与えられた力を発動させるために手をかざした。
本来、魔力に頼る必要があるその力。魔力がすでに限界寸前のシュウには発動できないはずなのに。
ドンッッ!! と衝撃が走った。
それだけで防御不可侵の一撃は、霧散する。
「シュウ……?」
「まさか、まだ使えるとはな……。だが、お前が入ったところで、なにが変わる? 結局は死体が一つ増えるだけ──なに?」
突然、ユピテルは上空を仰ぎ。
「くそ……ダンテ。やはり、お前だけは『大罪』全員でなければ滅せんか……」
忌々しそうな声とともに、ユピテルは跳躍──そのままどこかへ去っていった。
『傲慢』と『英雄』の対決。
結局は決着つかずのまま、時は流れるのだった。




