45話 旧友との時間
シルヴィアとシュウが『傲慢』との対決を始める数分前に時間は遡る。
未だ惨禍の後が抜けきれない。どころか、そのままの戦場をダンテはただ見つめていた。
そして、先ほど王都全体を揺らした一撃。
あれには見覚えがあった。
15年前の戦争。それ以前に彼が見たユピテルの小手調べの攻撃だ。
「あいつ。なにに向けてあれ撃ちやがった……まさか、シルヴィに向けてじゃねえだろうな……」
そんな憂えるような声に、答えるように踏み鳴らされた音があった。
都合、五つの足音だった。
そしてそれはダンテの旧友、そう言ってもいい間柄だった。
彼らの襲撃を見越していたのか驚きもせず、ただ手を上げた。
「よお、お前ら。久しぶりだな。それでなんだが……何か用か?」
本当に軽くといった調子で、ダンテは冗談を交えるように言った。
それだけで、ゴウッ!! と、辺りを殺気が包む。
あり得ない量の殺気がダンテを襲い、それでもなお怖気もせずに平然と立っている。
「おいおい……物騒だな。友に向かって、その仕打ちはないんじゃないのか?」
「まさかとは思うけれど、まだ友人だとでも思っているのか?」
ダンテのどこか挑発めいた声に、全身をローブで覆った男──アルカイドが反応する。
他の四人も同じように、頷いた。
「それは自惚れだな。──だけどまあ、私としても聞きたいとこは山ほどある。どうして私達を裏切ったのか、とか。君は人間族で暮らすうちに何を見たのか、とか。──だが、その前に私達とて同胞を思う心はある。報いを受けろ。ダンテ」
どこまでも冷酷な声音で、アルカイドがダンテに向かってそう告げた。
だが、彼は何も言わない。
「とはいえ、貴方は強すぎる。私達が束になってかかろうと、きっと勝ち目はないわ」
妖艶、まさにそんな言葉が当てはまる人間然とした美女──メグレスは呟いた。
再度確認するようではあるが、彼らは人智を超えた絶対の生物にして最強の敵。『大罪』である。だが、そんな彼らでも及ばない。
それほどまでに、ダンテ・ウォル・アルタイテという人物は規格外なのだ。
「で、敵わないと知って、それでどうするんだ?」
「簡単な事さ。──君は『英雄』に相応しくない。精々、出会う者を騙す道化師がお似合いだ。ゆえに、一つの方法を取らせてもらう」
ここで初めてダンテの眼が鋭くなった。
今までの余裕はどこかへと消え、そこには焦りを持ったダンテがいる。
「私は『強欲』。私にとって未知とは恐れるものにあらず、未知とは何が何でも知らなければならない。──すなわち、私の御することの出来ない『強欲』という感情を満たすためにある」
後世において、『大罪』の力はほとんど伝わってはいない。
だが、その中でも一番特筆すべきは『強欲』と『暴食』、そして『傲慢』だ。
アルカイド──彼は今でも非人道的な実験を繰り返したことで有名になっている。
未知を追い求め、自らの知識欲を満たすことだけに固執した異常者。
彼という人物が後世に残した爪痕は大きい。
彼が人工的に作り上げた魔獣。──そして、魔法道具と思われる呪い器具。
それらは全てただ作られ、世界に多大な被害を及ぼしたのだ。
「何が、言いたい?」
「だから結論を急ぐなって。──君が必死に隠したがっていた『英雄』の継承条件。それを私は独学でたどり着いており、尚且つそれは立証されている。ここまで言えば分かるだろう?」
ただ未知を知りたいがために、秘密とされてきた『英雄』の継承条件。それに辿り着いた。
この男もまた、規格外と言わざるを得ない。
「そして、私が知った秘密によれば、君は『英雄』の一族ではない。いつなんどきでも『英雄』の力は『英雄』の血族を求める。君はそれを横から取り上げたに過ぎない」
「──」
看過される。
これまで隠し通してきたはずの情報が、こんなにもあっさりと。
だが、これも想定済みではあった。
どれほどの時間がかかるかは知らないが、アルカイドという人物ならいずれここまでたどり着くと。
その上で色々と策は張り巡らせてきたはずだが、所詮頭を使うのが苦手だったのが災いした。
ダンテが、アルカイドに頭脳勝負で勝てるはずがないのだから。
アルカイドはダンテの反応を愉しむように、喋り続ける。
「そして君が『英雄』の血族でないのなら、『英雄』の真の力は使えない。──もしも君がそうであったなら、魔族は全滅だったよ。全く、運命とはままならないものだね」
「──それで、アルカイド。その策とは結局何なんだ?」
彼の言葉に全てを悟ったようにダンテは押し黙り、全貌を知らされていない大罪の全員を代表してフェクダがアルカイドへと質問する。
「ああ。勿論、決まっている。ダンテ、守りたいものがたくさんあるのは大変だなあ」
「てめえ……シルヴィを……」
「ああ。正解だ。今巷で『英雄』の後継者などとほざかれている人間。──あれを傷つければいい」
「上等だ。やってみろ。俺がここにいる限り、シルヴィには指一本触れさせやしねえ……!」
「ああ。分かっているさ。分かっているからこそ、配置は重要になってくる。──先ほどの爆音。お前になら理解できないはずはない」
王都全体を揺らした地震の如き一撃。だが、今の状況にあれが何の影響を及ぼすというのだ。
そこで、ようやくダンテも悟った。
「貴様……あのクソガキを餌に……!」
ダンテだって知っていた。
シルヴィアはシュウという少年を守るべき対象としてとらえており、彼女が絶対に手放す事が出来ない人間だ。
当然、そこを突けばいい。
シュウを餌にして、シルヴィアをおびき出せばいい。そして、そこにいるのは間違いなく最強の烙印を押されたユピテルだ。
最早、死からは逃れられない。
「ああ。どうだろうか? この作戦は。中々いいものだとは思うが」
顎をさすって、ダンテに誇るように語るアルカイド。
だが、現にその策は見事に嵌っている。
ダンテの立てた策を何もかも超え、ダンテの喉元に剣を突きつける。
ダンテにとって、シルヴィアは命よりも大事なものだ。
だが、彼は『大英雄』だ。
一人の人間だけを優先して守ることなど、出来やしない。
それが、ダンテを縛る鎖でもあった。
自ら選んだ道とはいえ、守るべきはずの誰かを守れないのでは意味がない。
「いいや、アルカイド。まだ、策はあるぜ」
「なに──?」
ダンテが不敵な笑みを見せ、アルカイドが首を傾げようとして──。
瞬間、アルカイドの体が地面へと叩きつけられ──寸前、フェグダがそれを制止する。
「簡単な話だ。──お前らが危機に陥れば、あいつはこちらに来ざるを得なくなる。違うか?」
「当たりだよ……この上なく大正解だ」
こうして、一つの戦いの火蓋が切って落とされる。
そして、貧民街の外壁に立つ影があった。
それは左腕を失い、包帯を巻いた男。
ユリウス。
だが彼は滂沱の涙を流していた。
感動しているのだ。
絶対の絶望の復活に。
彼らを遠くからでも眺められたことに。
これはまず第一歩だ。
彼の目指す計画への、始まり。
そして、彼はアルカイドが取る策すら読み切っていた。
ゆえに。
「用意しておきました。今しばらくお待ちになれば、貴方達の悲願は達成せしめられます……」
最高の絶望が唸りを上げて進んできていた。




