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35話 星の名

 反乱が起こってから約数時間。

 王都で起こった反乱及び、魔獣達は軒並み鎮圧された。


 王都での被害は貧民街だけで済んだ。魔族に与する者達は英雄やシュウ達の活躍によりほぼ制圧され、貧民街以外の場所では早くも落ち着きを取り戻していた。


 誰もが思ったことだろう。


 貧民街だけで全部が終わり、すぐにでもいつも通りの生活に戻れると。


 だが、忘れてはならない。


 未だ彼らは策の術中に嵌っていることを。抜け出せていないのだ。


 そして、次の絶望はすぐにでもやってくる。


 それは貧民街だけにとどまらず、王都全土の全てをぶち壊す。


 人の心を折る最大の絶望は足音を立てて近づいてきていた。























 血の海が出来ている路地を走り抜け、シュウとミルは今現在暴れまくっているシモン達との合流を急いでいた。


「くそ……シモン達、大丈夫か……?」


 彼らに報告しなければならないのだ。


 今回の反乱は鎮圧された。あとは魔獣を片付けるだけでいいと。


 それがシュウの役割でもあった。


 そして、もう一つ。


 シュウは少し前にダンテから手渡された魔法道具に目を落とす。


 正直、ダンテが何をしようとしているのか。何をなそうとしているのか。


 シュウには考えも及ばない。


 だが、不穏な影はあった。


 シュウ達が先ほどまでいた場所、その後方から突如として爆音が響いた。


 ダンテが向かった場所だ。


 恐らくはそこにダンテを抑える役割を与えられた誰かがいる。


 並大抵の力ではどうすることも出来ない『大英雄』を抑える役割だ。


 シュウやミルでは援護──どころか足を引っ張るだけだ。


 だから、シュウは与えられた役割を果たすだけだ。


 それが、最善の策なのだから。


 やがて迷路のように入り組んだ路地裏を抜け、大通りに入る。


 そこで見たのはまたも悲惨な状況だった。


 地面が粉砕され、誰の物とも知らない血と腕が転がっていた。


 そして、その脇。岩にもたれかかるように息をしているガイウスの姿があった。


「ガイウス!? 大丈夫か!」


「シュウ……か。無事で何よりだ」


「んなことより……何があったんだ?」


「何、少し戦いをしていてね」


 ガイウスは問題ないと言わんばかりに立ち上がる。


 よく見れば、彼の脇腹には包帯が巻きつけられていた。


 他にも全身に裂傷があり、流れ出ていた血はかなりの量になる。


 五人将、ガイウス・ユーフォル。最高戦力であるはずの彼がここまでの劣勢を強いられたとなれば相当な手練れになる。


 それこそ、ダンテでなければ対応できないほどの。


「何を言いたいかは分かるが……その前に一つだけ。反乱はどうなった?」


「──首謀者含めほぼ全員が、死んだ」


「──そうか」


 悲痛な面持ちで告げるシュウだが、ガイウスはただ瞳を閉じてその報告を受ける。


「だが、これで敵方の策はほとんど潰えたと言っていいはずだ」


 その通りだ。その通りのはずなのだ。


 反乱は終わって、魔獣もじきに殲滅される。


 だが、シュウには一つだけ分からないことがあった。


 そもそも、彼らは何のために大事を仕掛けたのか、という点だ。


 今回の戦いで、彼らの目的は未だ割れていない。やつらが王を狙っているのか、はたまたシュウという個人を狙っているのか、それとも他に何らかの狙いが──。


 疑い出せばきりがない。


 彼らの手札はあまりにも消極的過ぎるのだ。これではまるで時間稼ぎのようで──。


「時間、稼ぎ……?」


「いきなり何を言い出すの、シュウ」


 なぜか引っかかった単語を口に出したシュウだが、ガイウスの怪我の具合を見ていたミルに雑音だとぼやかれた。


「どうした、シュウ。何か納得できない事でも?」


「そういうわけじゃ──いや、悪い。引っかかってる事ばっかりだ」


 思えば引っかかることばっかりだ。


 なぜ、彼らはダンテがいる今この時に王都を狙ったのか。なぜ、彼らは反乱なんてものを起こさなければならなかったのか。


 彼らだって分かっていたはずなのだ。反乱を起こしたところで数時間で鎮圧されることぐらい。


 この作戦を立てた参謀だって知っていたはずだ。


 なのに、反乱を誘導した。だが、末路は知っての通り。数時間ほどしか効果をなさなかった。


 そして、被さるように魔獣の襲撃。当初はずっと反乱を意識の外へ追いやるものだと思っていた。


 だけど、それが違うとしたら。


 魔獣も、反乱も。最初から時間稼ぎを主としたものだったのではないか。


 ガイウスとの一戦も、結局は時間稼ぎ。ガイウスを自分に釘付けにすることで反乱を一秒でも長くさせようという魂胆が見える。


 つまり、全てが時間稼ぎ。


 まだ、彼らの策は本領を発揮していない。


 奥の手が、ある? 


 これ以上の、『大英雄』すら凌ぐ奥の手が。


 だとすれば、最悪だ。


「まずい……か?」


 致命的だ。彼らが何を企んでいるのか、参謀である者を逃がした時点でもはや探ることは不可能だ。


 だが、何らかを狙っている。


 そして、あの少女は言っていた。


 シュウを生け捕りにしろと。シュウが何らかの感情に支配された時、確実に少女は涙を流して感動した。


 彼らが狙っているのは、シュウだ。


 いや、正確にはシュウの中に眠る何か。


 村の襲撃の時に出たあの能力。あれが、シュウの中に眠る力の一つであると断定できるはずだ。


 それに王都での戦い。シュウが出した不滅の炎。あれもまた異形。


 何だ。なんなのだ。一体、シュウの中には何があるというのだ。


 得体のしれない感情に支配されることの恐ろしさを感じつつ、しかしこの場で考えたところで出るはずもない答えを得ようとする。


「シュウ。ダンテ様と会ったと聞いたが、あのお方は何を?」


 シュウが考えに没頭している間、ミルとガイウスは互いに情報交換をしていた。


 そこでダンテと接触した話題に入り、唯一ダンテと話す権利を与えられたシュウに彼らは問い詰めてくる。


 ダンテと何を話したのか、という問題を。


 だが、生憎だが全てを語るわけにはいかない。


 契約なのだ。あの場での会話は他言無用。それが絶対条件だ。


「いや……特に何も。ただシルヴィアに伝言は頼まれた」


「伝言? ──なんと?」


「何でも、風が悪いだのなんだの」


「風が……?」


 シュウはダンテとの会話で唯一話せる部分である伝言。


 ダンテからシルヴィアへ伝えることを託された言葉だ。


 聞き慣れない単語を前に、ガイウスとミルはますます困惑した顔つきになった。


「風……で、あれば。私のとどめの時に邪魔をした何らかの力の正体はそれか……?」


「何? 邪魔された?」


 ガイウスのどこか納得したような言葉の中で最もシュウが反応したのは邪魔、という単語だった。

 

 何度も繰り返すが、彼は国の中で最高戦力に数えられてもおかしくはない。


 間違いなく人間が登れる頂の近くにいる彼に、悟らせずに能力を発動するとなると面倒なことになってくる。


「恐らくは、遠距離から放たれたものだ。見事に私の剣だけを打ち抜いていったよ」


「遠距離でその精度か。……まだ、安心は出来ないな」


 改めて、自らの浮かれた心を戒めるように呟いた。


 まだ奥の手があるのだ。


 だからこそ、シルヴィアやシモン達とは早めに合流したほうがいい。


 圧倒的な脅威を前にして、一人で勝てるほどうぬぼれている誰かはいない。


 全員で立ち向かうのだ。絶望に。


 シュウは奥歯を噛み締め、決意し、ガイウス達とともにシルヴィアと合流しようと──。


「あ──?」


 違和感に気づいた。


 自らの体を覆う黒い霧。それは他の人物には見えておらず、シュウにしか見えない不可視の靄だ。


 それはやがてシュウの顔にまで達し──。


「シュウ?」


 シュウを心配するミルの声が聞こえた時には、もう遅かった。


「ああ……久しぶりだな、外の空気ってやつは」


「──っ!」


 シュウとは異なったその声に、ミルの雰囲気が一瞬で変わった。


 ガイウスも一瞬遅れてそれに気づき、剣呑な雰囲気を醸し出す。


「誰だ、お前は」


 ガイウスが剣を構えたまま、それだけを呟く。


 対してシュウの──いや、その中に宿る誰かの動きは簡単なものだった。


「俺は俺だよ、ガイウス。──というのは、おかしいか」


 二人はシュウの仕草に、最大級に警戒を強めた。


「初めまして、現代の人間どもよ。──我が名はアレス。アレス・ミザール」


 胸に手を置き、星の名を名前に刻んだ魔族幹部はそう言った。


「さあ、破滅の時だ」

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