34話 二人の闘争
凄まじい金属音が世界を震わしていた。
『大英雄』と魔族の幹部セレスとの一騎打ち。
それは想像を絶していた。
常人にはついていけない速度で剣を突き出し、セレスの剣がそれを紙一重でそらす。
その攻撃を早々に見切ると、ダンテは剣を真上に上げ振り下ろそうとする。しかもそれが普通の人間ならいざ知らず、ダンテのそれは常軌を逸する速さだ。
しかし、相対するセレスもまた別次元の強さを誇る。
ダンテの動きに目線で着いていき、すぐさま迎えようとして──唐突に跳躍した。
「──ちっ」
その数瞬後、ダンテの足蹴りがセレスの足元の下を通り抜けた。
セレスは勝ち誇ったように口元を綻ばせ、振り上げていたレイピアを手元に手繰り寄せ突きの姿勢を取る。
だがダンテはそれを呼んでいたかのように躱し、攻勢に移った。
「がっ──」
目にも止まらない速度で踏み込まれた地面が陥没し、次はセレスの体がくの字に折れた。
掌打。ダンテの一撃が、セレスの腹にめり込む。
圧倒的な速度持って撃ち込まれた勢いに逆らえず、セレスは瓦礫を巻き込みながら吹き飛んだ。
「見事だよ、セレス。俺のフェイントを見破ったのは。だけど、後がお粗末だったぜ」
「あ、いかわらず……お強いですね。ダンテ様」
体の痛む所を抑え、ガラガラと音を立ててセレスは立ち上がった。
「いや、お前も強くはなってるよ。だけど、まだ足りない。そもそも、大罪の力がない限り俺達には対処できないぜ」
魔族の幹部が特別な理由だ。彼らには圧倒的な力がある。それこそが、長年人間族を苦しめた根源だ。
「確かに私にはそれはありません。だからこそ、それを取り戻しに来たのです」
セレスは確固たる決意を目に宿し、ダンテに告げた。
「ま、お前が何を狙ってるか……分からなくもない。そして、それは防げないことも」
彼らが狙う最悪の末路。だが、それはもはや『大英雄』の力をもってしても回避することは出来ないと言った。
「だが、最低限足掻かせてもらうぜ。どんなに無様でも、滑稽でも。──俺自身の目的のために」
「私も私の目的のためならば、今ここで屍を晒してもいいでしょう」
引くに引けない想いを胸に宿した二人。彼らの願いは相反するものであり、両方が残る道などどこにも存在しない。
だからこそ、戦うしかないのだ。
例え、それがかつての弟子であろうとも。
再び剣と剣の交わる音が響き、戦いが始まるのだった。
「──くっ」
前から迫ってくる斬撃を前に、ガイウスは間一髪で避けた。
しかし、目の前の敵はそれだけで止まらない。その攻撃が外れたとなると次の斬撃を繰り出す。
「はあっ!」
しかし、ガイウスの剣がそれを防いでいく。とはいえ、防戦一方だ。
五人将ガイウス・ユーフォルという最大戦力が、攻撃すらままならない状況にまで追い詰められている。
「──ははははははは!!!」
対して包帯男はガイウスの剣技をものともせず──否、知っているとでも言わんばかりにガイウスに攻撃の態勢を取らせていない。
圧倒的な強さ。
「どうでしょうか。大分差は見せつけたと思いますが」
「黙れ、悪党。──ここで散れ」
そう言って、ガイウスは自らの剣に氷を凝縮させる。
彼の『オラリオン』──氷の能力だ。勿論、その威力は魔法を完全に上回っている。
「ふふ、『オラリオン』ですか。──まあ、及第点です」
ガイウスの剣から放たれるは魔法を遥かに凌駕する一撃。
砲弾のごとく突き進み、包帯男の喉元を突き破り──。
とん、と。その寸前に、軽い音が聞こえた。
それは敵が地面を蹴ったことによるものだ。まるで見世物で道化が行う演武の様に、上空へ移動した。
それだけで絶対の一撃が難なく躱される。反対に、敵はそのまま空中でも歩くかのようにゆっくりとガイウスへ目がけ、魔法を放つ。
「ち──」
それを避けるために後方へ跳躍──だが、その隙を相手は見逃さない。
「まだまだ甘いですねえ」
ただ楽しそうに愉快に嗤い、ガイウスが着地するであろう場所に照準を合わせ、連射する。
ドガガガッ!! と音を立て、ガイウスが着地するはずの場所が崩れ去り──。
方向転換が不可能な段階にまで到達していたゆえに、そのまま着地するしかない。
案の定足場に亀裂が入っており、戦いにおいて大切なバランスが崩れ去る。
「ほらほらぁ! 次々行きますよ!」
それを見計らい、包帯男はガイウスの右腹を狙うように剣を突き出し──。
「がっ──」
ガイウスの右腹が抉られた。だが、それで諦めるはずがない。
肉を切らせて骨を断つ。まさにその言葉通り、回避できないと悟ったガイウスは、被害を最小限にとどめ、すぐさま攻勢に移った。
左に持ち替えていた剣を切り返すように振り抜き、包帯男の左腕を刈り取った。
「ああ。流石です。まさか左を持っていかれるとは……」
「これでもまだ、私を侮るだろうか」
「いいえ。ですが、貴方では私には勝てない」
それが真実である、そう信じて疑っていない包帯男を前に、ガイウスはただ苦しい表情を見せる。
確かにその通りだ。たった一度、一矢報いたからと言って、次も通用する保証もない。
それに、これまでもガイウスの剣技は完全に読まれていた。
つまりは割れているのだ。ガイウスの戦闘パターン、動き、戦局判断。何もかもを予測されている。
どこで情報を集めたのは知らないが、少なくともガイウスは目の前の敵と戦うのは初めてだ。
つまり、又聞きでガイウスの戦闘を思い描いたことになる。
──化け物だ。
到底人間には不可能な芸当だ。全てのパターンを把握し、敵に反撃の隙を与えない。
そう、まるで軍師のような戦いの運び方だ。
「さて、そろそろケリを付けましょう。こちらとしても彼らが復活する所をこの目で見ておきたいので」
「それには完全に同感だ」
片や左腕を落とされ、片や防戦一方だったことによる体力の損耗とそして脇腹の痛み。
どちらも軽くはない損害を被っているからこそ、これで終わらせると算段した。
二人の圧倒的実力者が、視線を交わした。
先に動いたのは、ガイウスだった。
自らの剣に、絶対零度の冷気を纏い突貫する。
そして、包帯男は避けるような素振りは見せず剣を構えた。
絶対零度の冷気を纏った剣が宙に舞い、敵の闘志諸共壊さんと振り下げられ──。
全てを受け止めるために包帯男の剣が下から這い上がるように防ごうとして──。
「──?」
そこで初めて包帯男の顔が疑問に染まった。
それもそのはずだ。
彼を貫くはずの剣は予測を見誤ったのか、脇にそれ地面を粉砕していた。
──わざと? だが、何のために。
何らかの布石か。それとも単に限界が訪れ外しただけか。
瞬時にその答えに辿り着き、そして決断する。
「ふ──ははははは!!」
ガイウスが粉砕した地面から浮き上がる破片。それを踏み台にし、上空を翔けていく。
ガイウスはそれを止めようと何度も魔法を放つが、縦横無尽に駆け回るその姿は捉えられない。
そして最後の瓦礫を足場にして跳躍。そこから下へ降下しガイウスへ攻撃しようと剣を振り上げて──。
「──な」
気づいた。
ガイウスの視線が、いや冷気を纏った剣の矛先が寸分の狂いもなく包帯男を捉えていることに。
掲げる剣には先ほどと同等の冷気──それ以上の力が収束されている。
やはり、布石だった。
先ほど魔法で牽制してきたのは陽動。本命は掲げる剣の方だ。
それに気づいたところで、どうしようもない。
舞い上がった瓦礫を足場にしようにも、包帯男がここまで上がるのに全て使い切った。
方向転換は出来ない。
嵌められた。
ガイウスの凍てつくような視線が、包帯男を突き刺し──周りを凍らせる砲撃が包帯男の顔目がけて発射された。
「ふ、ははは。──ははははは!!」
避けるすべなどない。そのまま直撃し、顔を粉砕されるだけだ。
だが、最後の足掻きが彼の迎える結末を変えた。
「──!」
血が空中に舞った。それと同時に、彼の腹から失われた贓物が。
避けられないと知った彼の動きが簡単だ。その場でくるりと周り、顔ではなく腹を犠牲にした。
半分以上を削られ──それでもなお嗤っていた。
「素晴らしい!? 流石は我が息子!」
「その呼び方は止めろ」
興奮しガイウスを息子と称する包帯男に、ガイウスは冷たい視線を向けた。
だが何か出来るわけでもなく包帯男はただ落下し、地面に激突する。
──その程度では、終わらないが。
「──まだ、生きているな?」
「ええ。流石ですよ。いい成長ぶりです。我が愛おしい息子よ」
震える両手を広げ、歓喜に震えるその姿は狂人だ。
最早満身創痍である包帯男──自らの父親に剣を向け、ガイウスはただ問う。
「なぜ、魔族に与する?」
「そちら側の大英雄と同じですよ。──愛、それが全てを変えたのです」
「ダンテ様と──?」
「愛。全ての物に等しく与えられるはずの代物。それに目覚めたのです」
ガイウスはもう包帯男が言っていることを理解することを放棄した。
違う。あれはガイウスが憧れた偉大なる父親ではないのだ。とっくの昔に、父は死んでおり、あれはその亡霊。
──で、あれば。
いずれガイウスが止めを刺さなければならない。
「もう、御託はいい。──死ぬがいい、狂人ユリウス・ユーフォル」
「──まだ、死ねないのですよ。あのお方を復活させるまでは」
ガイウスが包帯男──ユリウスの首を刎ね落とそうとして──。
何かがガイウスの剣を弾き飛ばした。
「な──」
その機を見計らい、ユリウスはその場から立ち去った。
魔族の参謀。ユリウス・ユーフォルとの決戦。軍配はガイウスの上がったものの、結局は倒せはしなかった。
ガイウスはただ剣を吹き飛ばした何かを悔しそうに見つめ、その場に留まり続けるのだった。




