36話 優しい少女
「さあ、復活の時だ」
シュウ達の世界で語り継がれる星の名を持つアレス・ミザールがこの世に顕現し、全てを嘲笑うかのようにそう言った。
シュウの体を何らかの意思によって乗っ取られ、ミルとガイウスの顔が苦渋に染まる頃。
シュウはどこか知らない場所を漂っていた。
前にもこんなことはあった。
だが、今度は前とは違い感覚があった。
顔の感触、心臓が刻む鼓動、震える手。それら全てが、シュウに本物の感覚を与えてくる。
「──ここは、前と同じ、か?」
シュウが黒髪の少女に呼び出され、来たところと似ている。
だが、その本質はまるで違った。
明るいのだ。
それに温かい。
そんな感想を抱きつつ、シュウは前に──先すら見えないこの世界で、唯一の仲間に向き直る。
透き通るような銀髪の少女だった。ミスリルの輝きを放つ髪を肩の辺りで纏めており、髪と同じ色をした瞳を持つ少女だ。
服も同じく銀を基調とした美しさを誇るものだった。
少女はただ自らの胸に手を置き、憂えるような眼差しでシュウを見つめている。
「君は、誰だ?」
純粋な疑問。シュウはこの少女に出会ったことはない。だが、心は少なくとも再会を喜んでいた。
知っているのだ。シュウの中に宿る何かが、目の前の少女を。
「私には名前はありません。だけど、貴方から与えられた名前はあります。──もしも、私の名前が知りたいのなら、自分で思い出して下さい」
どこかイタズラっぽい笑顔をシュウに向けて浮かべる。
「えっと……。俺、君と出会った覚え、ないんだけど……」
確かに心は何かを知っている。だけど、シュウ自体は少女を知らない。
「むう……。酷いですよ。あんなに女の子を侍らせてて私を忘れたんですか?」
「誤解を招くようなことは言わないでくれ!?」
「シルヴィアさんと会話するたびに何回かは胸の方に目が行くくせに!」
「なんでそれ知ってんだよ!?」
いつも隠し通してきた秘密を暴かれ、声を荒げるシュウだが実際問題否定事項だ。
断じてシルヴィアをいやらしい目などで見てなどいない。
「他にも知ってるんですよ……。女子と一緒に暮らしてる割にはラッキースケベ……? がないのはおかしいって思ってるくせに!」
「なあ、個人情報を後悔するのは止めてくれないかな!」
色々と恥ずかしい裏事情を暴露──と言ってもこの空間にはシュウと秘密をばらす少女しかいないのだが──され、顔が熱い。
「とにかく……私は色々と知ってるんですよ……貴方の事」
「ああ……。それに関しては理解したよ。──大分、心に傷を負ったけどね……」
恐らく目の前の少女はシュウにその事だけを分からせるために、秘密を暴露したのだ。
その事実に、シュウは若干呆れつつも話を前に進める。
「それで、なんだけど。──ここは?」
「貴方の中です」
「──俺の、中?」
少女はさも当然と言わんばかりに即答した。
シュウは改めて周りを見回すも、相変わらず景色は何一つ変わらない。
「何を見回してるんですか? 何も変わりはないですよ?」
「──君は、ずっとここに?」
「もちろん、そうです。だって約束、しましたから」
どこか懐かしそうに銀の瞳を細めながら、少女は呟いた。
「──約束? 誰と……って、君が言うには俺か」
「はい。──指切りげんまん、でしたっけ。それをしましたから」
「指切りげんまんって……それだけのために、こんな空間にいるのか?」
指切りげんまんなど結局何の縛りもないようなものだ。
そんなもののために、ここにいるのか。
本当にそうであれば、馬鹿だ。本物の。救いようのない大馬鹿だ。
「あっ──今、私の事、馬鹿だと思いましたねっ。というか、貴方もですよ!」
シュウの考えを読み、なぜか憤慨する少女がシュウに指を指してくる。
なんというか、表情がころころと変わる少女だ。
笑ったと思えば、怒ったり、本当にいろんな表情を見せてくる。
信頼されている証なのだろうか。
先ほどからシュウは目の前の存在に対して、警戒は一度たりとも怠っていない。
シュウから送られる警戒の眼差し。それを一身に引き受けながらも、悲しい顔などは見せない。
シュウだったら、どうだろうか。
自分が好きであるシルヴィアに、こんなに警戒を浴びせられたら。
少なくとも、シュウには耐えられない。
はあ、と溜息をついて、改めて目の前の少女に本当の意味で向かい合う。
「──悪かった。変な目で見てさ」
「いいんです。いきなり馴れ馴れしい口調で話しかけたのは私です。──むしろ、警戒しないほうがおかしいですから」
今までの行動を懺悔するように告白するシュウに少女は全てを許すと、慈愛を込めた面持ちで見つめてきた。
「そろそろ、聞いていいかな」
「──はい。なんなりと」
「どうして、俺はここに来たんだ?」
それが最大の疑問だった。
目の前の銀髪の少女は、シュウにこう言った。
ここはシュウの中であると。
だが、シュウは今までこんなところに来たこともなかった。
もしかすればシュウの体の方に、何らかの異常が起こっていてもおかしくはない。
シュウの発言を聞いて、少女は慎重に言葉を選ぶように何度もシュウと上空を見つめて──。
「今、貴方の体は他の誰かが入っています」
「──は?」
信じられない言葉だった。
シュウの体を誰かが乗っ取っている、ということに他ならない。
「だからこそ、本来の精神である貴方がここに弾き出された。──本当は器である貴方を殺したかったようですが……私がいる間はそんなことはさせませんから」
銀の瞳に強い決意を秘めながら、シュウに向けて呟いた。
「俺を殺す……。なんで、俺なんかを……?」
死。それは異世界に来てから常に隣にあったものだった。
実際問題、シルヴィア達がいなければここまでたどり着けなかった。
途中で野垂れ死んでいたかもしれない。
だが、それでもなお未だ実感はわかないのだ。
自分が死の直面に瀕しても、きっとそうだろう。
死はこんなものなのか、と。どこか達観して諦めて、泣き叫ぶことすらしないで終わる。
それだけは確信している。
だが、どうしてシュウが何度も死に直面しなければならないのか。
この道を選んだのはシュウだ。だが、こうもなぜ──。
「貴方はそうですよね。ずっと、何もかも一人で抱え込んで」
「──?」
「昔からそうだったじゃないですか。──何か、辛いときが会ったとき、私達には何も言ってくれない」
頬を膨らませ、シュウに向けて発言してくる少女。
だが、シュウにはその意味が分からない。
「なにが、言いたいんだ……?」
「辛いときは、泣いてもいいと思いますよ」
シュウの考えを読んだかのように、シュウに慈愛の眼差しを傾けてくる。
「辛いとき……って、どんな時だ……?」
「例えば……あっちで、失いたくないものを失った時とか」
確信を突いてくる。
シュウの心は確実にこの戦いで疲弊していた。
守るはずの誰かを目の前で惨殺され、首謀者である誰かも、結局は掌で踊らせられていたに過ぎなかった。
何度も、何度も誰かが死んでいくのを見た。
でも、泣いている暇ではない。嘆いている暇ではない。
シュウには彼らの死を無駄にすることなどできない。
そうやって、張り詰めて。気づけば、シュウは疲れつつあった。
「でも、泣きたくは、ないですもんね。男の、プライド、ですもんね」
「ああ。……泣いてるところは、見せられないよ」
どれだけ疲れていようとも、それを見せることは出来ない。
シルヴィアだけには、見せられないのだ。
かっこ悪いところなんて、見せたくないのだ。
結局はちっぽけな自尊心だ。
「でも、愚痴くらいは聞きますよ。どうせ、まだ戻れそうにないですから」
少女はどこか悲しそうな顔を向け、シュウの疲れを癒そうとする。
「それで、いいかもな……」
シュウは安心しきっていた。
目の前の少女と話すことによって、安らぎが得られる気がするのだ。
先ほどまでの警戒と打って変わって、酷く信頼しているように思える。
「ここ、座ってください」
少女は笑みを向け、自らの傍らを指定する。
シュウはそれに従い、その場にへたり込んだ。
「ほんと、女神みたいだな……」
「ふふっ……そうですよ? 私は女神なんです」
どこか誇らしげに答えた少女。その姿にシュウも釣られて笑みを見せ──。
異世界に来て初めての至福の時間。
長くは続かないものの、それでも没頭する。
どこか懐かしい風景を重ねながら、緩やかな時間は過ぎていくのだった。




