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28話 憤怒の卵

 シモンとレイが時間を稼ぎ、シュウが咆哮を上げている時。


 本来であれば彼も戦線に加わり、時間を稼ぎたいところではあった。


 だが、今彼は一人の男と対峙していた。


 包帯を全身に巻いた気色の悪い男。


 彼に任されていた任務を全て投げ出しても、相対せざるを得ないほどの敵。


 藍色の聖騎士は、目の前の脅威に問いかける。


「お前が、この作戦の首謀者だな」


 際限なく湧き出てくる悪意。留まるところを知らない気味悪さ。そして、頭の切れの良さ。


 どれもが彼が相手取ってきた敵を凌駕している。


 もしかすれば、ガイウスとて負けるかもしれないほどの重圧。


「そうであったなら、どうすると」


 対して包帯男はただ口角を吊り上げ、挑発をする。


「ならば、私が斬ろう。──全てを終わらせるために」


 何の罪もない誰かが死んでいく戦争を止めるために。悲しき、正義も大儀もないただの傀儡との戦いに終止符を打つ。


 藍色の瞳に正義を宿し、剣を構える。


「ふふ、ああ、そうですね。心行くまで踊りましょう」


 男が取り出したのは、ボロボロの剣。


 刃は崩れかかり、今にも折れそうな細心の剣。


 だが、その剣の根元。そこに掘られてある印に、ガイウスは目を奪われた。


「なぜ、お前がそれを……」


 ガイウスの知る限り、その剣を使うのはただ一人。


 かつて最強の部隊と呼ばれた、ガイウスが率いている魔族専門の部隊の前身──戦争において、多大な貢献をもたらし、壊滅したはずの部隊。


 その隊長格の人間が帯剣していたはずの剣の印だ。


 そして、それは──。


 冷や汗がガイウスの背筋を伝う中、狂人はただ嗤って、舞踏を始める。


「さあ、今一度プロローグを、始まりの鐘を鳴らしましょう。──未だ、舞台は始まってすらいないのですから」


 式の始まりに行われる余興。滑稽に全てが躍らせられ、始まりは少しずつ近づいていた。




















「さて、邪魔者は貴方だけですが……ここで殺しても構いませんよねえ」


 完全に狂った笑みをシュウに向ける。


 シュウの本来の目的は一人の少女をここに送り届けること。

 

 だが、その計画は頓挫した。


 少女を死なせ、穏便に収める唯一の方法を失った。


「ふざ、けるな……」


 地面に手を叩きつけ、再起する。


「ふふ、そうでなくては。だが、貴方の事は知っている。──何も出来やしねえガキが粋がるなよ?」


 互いに拳を構え、臨戦態勢に入った。


 理解している。勝てない事ぐらい知っている。


 戦いにでもなれば、一瞬で蹴散らされる。


 抗う隙もなく、何も出来ずに屍を晒すだけだ。


 だが、どうしても心がそれを否定していた。


 シュウに渦巻く感情が──怒りが、後ろへ下がることを許さない。


「待って。こいつは生け捕りで」


 しかし、奥から出てきた少女によりそれは中断させられる。


 闇から這い出てくるように出てくる少女は、13~14ぐらいの子供だった。


 美しい緑色の髪で、そのまま成長すれば美しい美貌を疑わせるあどけない少女は、ただ嗤った。


 対して、納得できないのは男だ。


「なぜだ? こいつはここで殺すのではないのか!?」


「ダメ。こいつは上の悲願に必要。──もしも、裏切るのならこの場で全員殺すまで」


 有無を言わせない迫力があった。


 直感でシュウは悟った。


 この少女も、同じだ。異形の力を取り込み、自身を強化した存在。


 だが、大人達とは違う。完全に繋がっている。


 恐らく、この惨状を用意した誰かに直接結びついているのだ。


 少女は全身を舐めまわすようにシュウを見て、嘆息する。

 

「ああ、まだ『憤怒』すらしてないだなんて。全く面倒。──なら、もう一人二人見繕うかな」


 本当に暇つぶしのような感覚で呟く少女。


 そして、その意味を理解してしまった。


 つまりは、殺すつもりだ。シュウの近しい人物を。


 誰だっていい。シュウの知り合いなどかなりに膨らんでいる。


 最悪の事件を共に潜り抜けた村の人だって、些細なことで仲良くなったシルヴィアの屋敷近くの村人だって、ミルやシルヴィア。


 彼が異世界で出会い、交流を深めた大切な者達を殺す。


「させるか……」


 失わせるものか。これ以上、奴らの思い通りになどさせない。


「ふふ、ああ、いい。そうでなくては面白くないですもんねえ?」


 シュウの反応を見て、顔を歪ませる少女。


 怒りが具現化し、シュウの周りを黒く覆っていく。


 あの時と、同じ。


 この戦争の引き金となった戦いの幕引き。


 そこで一人の少年が同じ道を辿った。


 だが、もはやシュウには止められない。


 炎が、不滅の炎が辺りを埋め尽くす。勿論それはシュウの体から噴出したものだ。


「な──おい、どうするんだ!?」


 上から被せても、消えることのない炎を見て焦り出す大人達。


 だが、少女はそんな光景を気にも留めず。


「ああ、ああ! これが、これこそが求めていたもの! ようやく見つけた……」


 周りの慌てふためく状況など気にせず、その目からは感涙の涙を流す。


 そして、炎の中心にいるシュウは。


「殺す……殺してやる……」


 その目に怒りを込め、少女を殺さんと歩き出す。


 そこにシュウの意思など何一つなく、怒りという想いに支配されていた。


 一歩ずつ歩き、間が狭まるごとに炎が辺りを飲み込む。


 憤怒の闇が、世界を少しずつ破壊していく。


 いつの間にか、彼の腕すら炎に包まれ──。


 永久の炎を纏い、少女の首を掴もうと手を伸ばし──。


「がっ……!」


 その直前で、何者かに腹を殴打され吹き飛ばされた。


 盛大に火をまき散らしながら家へと吹き飛び、周りに炎が拡散していく。


「何をしているの。失敗したなら逃げる手はずでしょう?」


 その中で、見知った誰かの声が聞こえた。


 金髪の少女でこんな時だというのに、未だ使用人の服から着替えようとしない誰か。


「み、る……?」


 シュウ達をここへ送るために囮となったミルだ。


 中心を固めていた数人規模の戦闘員と激突したようだが、どうやら無事だったようだ。


「そう、気は確か? さっきの炎は何?」


「お、おい……叩くなって……」


 ぺしぺしとシュウの頬を叩き、先ほどシュウが出していた炎について聞き出そうとする。


 だが、後方で怒気を放っている少女がそのまま団欒に行くことを許さない。


「なんなの? わたしを邪魔するなら、万死に値するけど」


「貴女こそ、誰? ここは子供が来るような場所じゃないけれど」


 しかし、少女の放つ殺気など簡単に躱し、睨み返す。


 だが、ミルの言葉──子供、という単語に過剰に反応した。


「子供……? ふざけないで、あなたもでしょ」


「貴女はもっと幼いわね」


「こう、何度も小さいと呼ばれたの、生まれてはじめて……?」


 ミルとの熾烈な口喧嘩を始める少女。


 だが、何か違和感を感じ首をかしげた。


「──それより、貴女が反乱を唆した首謀者で間違いないようね。……シルヴィア様の絵を描く時間を奪った者どもに鉄槌を与えてやるわ……!」


「お前、ほんとぶれねえな!?」


 途中まで格好良く啖呵を切っていたのに、やはりアホの子だった。


「何を言っているか分からないけど、あなたの言う首謀者とやらはわたしじゃないよ」


「は──? どういう……?」


「どうもこうも、わたしはただここに居ろ、って言われただけ」


 何かがおかしい。


 話がかみ合っていない。

 

 つまりこの少女は敵ではあるものの、首謀者ではない。端的に言えばこの作戦の立案者は他にいる可能性が高い。


「あの腐れ男なら、用があるとか言ってさっき出て行った。──そう、あなた達がここに来る少し前にね」


 つまりは読まれていた。


 ここに来ることを知っていたのだ。


 だがシュウ達が来ることを知って、迎え撃たなかったのはなぜか。


 来るのが割れていたのなら、簡単にシュウ達を倒せたはずだ。


 何らかの狙いがある。


 未だ見えることのない、浮かび上がることのない敵の作戦の意味。


 まるで泥沼にでも嵌ったかのように、どこまでも底が見えない。


「ま、生け捕りはそこの男の人だけだし……。あなたは、死んで?」


 その言葉で周りの大人達が動き始める。


 絶体絶命の中。


 作戦を遂行するために歯を食いしばるのだった。

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