第97話:鋼鉄のゆりかご
第一拡張都市から鹵獲した大型の装甲ビークルが、灰色の荒野に猛烈な砂埃を巻き上げて疾走する。
車内の揺れをものともせず、エリスはコンソールに投影された第二拡張都市の立体マップを睨みつけていた。
「見えてきたわ。第二拡張都市――『生産と兵器』を司る巨大要塞。王都の自律兵器やドローンの全生産ラインを担っている、いわば鋼鉄のゆりかごよ」
エリスの言葉通り、フロントガラスの向こうに現れたのは、第一都市のような洗練されたドームではなく、無骨で巨大な工場群が結合したような威圧的な城塞だった。
外壁には無数の重砲門がハリネズミのように配備され、都市全体が青白い『複合論理装甲』のドームで分厚く覆われている。
「ひぅっ……。あんなの、どうやって中に入るんですか? さすがに下水道の隙間なんてなさそうですけど……」
ニアが怯えたようにビークルのシートに縮こまる。
「第一都市のデータがフィードバックされてるからね。物理的な侵入経路は論理防壁で完全に塞がれてる。おまけに、こっちの接近に気づいて迎撃システムがフル稼働してるわよ」
シエナが窓の外を指差す。第二都市の外壁に備え付けられた数百の砲塔が、一斉にこちらへ旋回し、赤いロックオンの光を放っていた。
『――警告。特異点の接近を検知。これより、面制圧による完全殲滅を実行する』
無機質な機械音声が荒野に響き渡ると同時、空を埋め尽くすほどの光の雨が放たれた。物理的な質量弾と、データを焼き切る高出力レーザーの混合爆撃。回避など不可能な、絶対的な死の壁だ。
「ビークルのハッチを開けろ。ブレーキは踏むなよ」
レイは顔色一つ変えず、ビークルの上部ハッチから上半身を乗り出した。
その右手に握られているのは、アトラスのコアを喰らい、白銀の幾何学模様を纏った漆黒の棍――【黒樹の邏卒】。
「新しい手札の試運転だ。的がデカくて助かる」
レイが無造作に棍を横へ薙ぎ払う。
その瞬間、バチィィッ! と空間そのものが悲鳴を上げた。
【バグ拡張:事象切除】
レイの斬撃の軌道上にあった『空間』が、文字通り世界から丸ごと削り取られた。
迫り来る数百の砲撃も、絶対に破れないはずの複合論理装甲も、第二都市の分厚い鋼鉄の外壁すらも。まるで巨大な見えない消しゴムで削り取られたかのように、一切の音を立てずに「無」へと変換され、ぽっかりと巨大なトンネルが開通した。
「……ははっ。もはやハッキングでも何でもない、ただの理不尽ね」
エリスが引きつった笑いを浮かべながら、ビークルのアクセルを全開に踏み込む。
「道は開いた。兵器のオモチャ箱をひっくり返しに行くぞ」
一切の防御網を空間ごと消し飛ばされた第二都市の無防備な腹の中へ、反逆者たちを乗せたビークルが猛スピードで突入していく。最強の牙を手に入れたバグたちの蹂躙が、今まさに始まろうとしていた。




