第90話:箱庭の管理者
純白の専用エレベーターが滑らかに上昇し、無音のまま扉が開いた。
辿り着いたのは、第一拡張都市の最上層。都市全体を見下ろす半球状のガラス張りの空間の中央に、青白く発光する巨大なサーバー群――『サブフレーム・コア』が鎮座していた。
そのコアを背に、王都の最高位を示す白銀の制服を纏った細身の男が、不快げに顔を歪めてこちらを睨みつけていた。
「……清掃ドローンのエラーかと思えば。まさか、廃棄された有機物のゴミが、この私の無菌室にまで這い上がってくるとはな」
第一都市の管理者。最適化されたエリートの象徴のような男は、床に滴り落ちる泥水を見て吐き気を催すように鼻を覆った。
「驚かないのね。普通、絶対防壁を抜けられたらパニックになるものだけど?」
エリスが端末を弄りながら挑発するが、管理者は冷笑を浮かべた。
「パニック? 冗談を。システムにおいて『あり得ない事象』は、単なる処理の遅延に過ぎない。バグはただちにデバッグされる。それだけの論理だ」
男が指先を軽く鳴らすと、空間そのものが微かに歪んだ。
『――管理者権限行使。対象の存在座標を強制初期化します』
管理者の背後のコアが連動し、レイたち四人の足元に高密度のエネルギー陣が展開される。王都のシステムによる、有無を言わさぬ事象の消去コマンド。外の世界の汚染獣でさえ、一瞬で原子レベルに分解される絶対的な「削除」の光だった。
「ひゃっ……!」
ニアが悲鳴を上げ、シエナが双剣を抜くよりも早く。
「ただの『論理』で、俺たちの『物理』が消せるかよ」
レイが前に踏み込み、【黒樹の邏卒】を光の陣の中心へ無造作に突き立てた。
バチィィィィンッ!!!
事象破壊の高周波バグが、絶対的だったはずのフォーマット・コマンドをガラスのように粉々に砕き散らす。飛び散った光の破片が純白の床を焦がし、管理者の顔に初めて「驚愕」という感情が張り付いた。
「なっ……馬鹿な。都市のメインフレーム直結の消去コマンドだぞ!? なぜ、ただの物理的な木切れで、論理コードが破壊される……!」
「木切れじゃないわよ。あんたたちの自慢の殺戮端末から奪い取った、最高純度のバグコードよ」
エリスが不敵に笑い、管理者が動揺している隙にサブフレーム・コアの端末へと自身のケーブルを撃ち込んだ。
「なっ、貴様、サブフレームに直接ハッキングを……! やめろ、汚らわしいジャンクOSが触れるな!」
「遅いわよ、エリートさん。レイ、そいつ黙らせて!」
「言われるまでもない」
管理者が慌てて次の防衛プログラムを起動しようとした瞬間、レイは一瞬で間合いを詰め、漆黒の棍を男の首筋へとピタリと突きつけていた。
棍から放たれるバグの熱量が、管理者の白銀の制服をジリジリと焦がしていく。
「……大人しく都市の管理者権限を渡せ。それとも、論理じゃなく物理で頭を砕かれたいか?」
「ひっ……!」
泥とバグに塗れた最弱の反逆者が、最適化された完璧な箱庭の王を、物理の暴力で完全に組み伏せた瞬間だった。




