第91話:陥落の産声
「ひっ……ぁ……っ!」
最適化された無菌室で、管理者の男は無様に引きつった悲鳴を上げた。
首筋に突きつけられた【黒樹の邏卒】から放たれるバグの熱と、目の前の男から漂う強烈な泥と血の匂い。論理の檻の中で安全に生きてきたエリートにとって、それは理解の範疇を超える圧倒的な『暴力』と『死の恐怖』だった。
「お、お待ちください……! 物理的な危害を加えるのは、王都の論理協定に対する重大な違反……っ」
「協定? 俺たち『バグ』にそんなルールが適用されるとでも思ってるのか」
レイが漆黒の棍を数ミリ押し当てると、男の白銀の制服が焦げ、皮膚が微かに焼ける。
「ヒィィッ! わ、わかった! アクセス権限を譲渡する! だから命だけは……!」
男が震える指で空中のコンソールを叩き、ロック解除のマスターコードを入力した。その瞬間、エリスの端末から放たれていた青白いハッキング・コードが、赤黒いノイズを伴って一気にサブフレーム・コアの深部へと食い込んでいく。
「パスの確認完了。……第一都市のメインフレーム、完全に掌握したわ!」
エリスが高らかに宣言すると同時、空間を照らしていた清浄な青白い光が、禍々しい赤と黒のバグ・カラーへと一気に反転した。
外の世界のジャンクデータで構成された独自OS『REBELLION』が、完璧だった都市のシステムを底辺から完全に上書きしたのだ。
「……嘘だ。私の、完璧な管理都市が……こんな、泥に塗れた下層のゴミ共のプログラムに……」
管理者が絶望に染まり、膝から崩れ落ちる。
「綺麗すぎる箱庭に引きこもって、泥の啜り方を忘れたあんたたちの負けよ」
シエナが冷たく見下ろし、ニアもまた、かつて自分たちを不要なリソースとして捨てた王都の象徴が崩れ去る様を、静かな瞳で見つめていた。
「これで、星の再起動に必要な権限の『六分の一』が手に入った」
レイは棍を肩に担ぎ直し、赤黒く明滅する巨大なコアを見上げた。
網膜に表示されたマップでは、王都を囲む六つの防衛都市のうち、一つが完全に『反逆者』のカラーへと染まっている。
「残る拡張都市は五つ。……王都のシステムがパニックを起こしている間に、次を喰らいに行くぞ」
灰色の荒野にそびえる絶対の要塞が陥落した。それは、世界を支配する理不尽なシステムが終焉へ向けて転がり始める、決定的な産声だった。




