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第9話:崩壊する計算式

地響きは、もはや酒場の床を揺らすだけに留まらず、王都の石畳そのものを軋ませていた。

「な、なんだ……この振動は……!?」

 体勢を立て直そうとした特務騎士団の騎士たちが、どよめきながら窓の外へと視線を走らせる。

 夜のとばりが下りた王都の空が、あり得ない色彩に染まっていた。白亜の神殿を中心に張り巡らされていた巨大な管理ネットワークの光が、赤黒いノイズを帯びて激しく明滅している。

 騎士団長・バルドの顔から、先ほどまでの冷徹な余裕が完全に消え去っていた。

「まさか……王都を包む防衛結界の演算コアが、異常過負荷を起こしている……? バカな、我が団が数百年かけて維持してきた絶対の理が、なぜ……!」

 パニックに陥る騎士たちを尻目に、レイは静かに【ただの木の棒】を肩に担ぎ直し、冷ややかな視線をバルドに向けた。

「驚くことじゃないだろ。あんたたちの言う『絶対の理』ってのは、結局のところ、わずかな例外エラーを許容できない脆い巨大なプログラムにすぎない。俺がさっきからやってるのは、その脆弱なコードの隙間にほんの少しだけ『矛盾』を突っ込み続けていただけだ」

 レイの言葉に、バルドは息を呑んだ。

 彼が酒場で展開した例外魔法や、カードのコスト偽装。それらの小さな「バグ」の蓄積が、王都全体を管理する巨大なシステムの中枢へと逆流し、致命的な連鎖エラーを引き起こしていたのだ。

「貴様……最初から、この街のシステムそのものをハメ倒すつもりだったのか……!」

「最初からとは言わないがね。だが、理不尽に俺の存在を消そうってなら、その根っこごと盤面をひっくり返してやるのが頭脳戦の基本だ」

 レイが不敵に笑った瞬間、天井の魔導ランプが激しくスパークし、酒場の店内にけたたましい警告音が鳴り響いた。

《緊急警報:システムコアに重大な不整合を検知》

《全エリアのカード使用権限を一時凍結します》

「っ……魔力が……カードが消えた……!?」

 騎士団の一人が絶叫し、手元に浮かんでいたはずの制圧用カードがパッと霧散して消えていく。

 この世界の住人にとって、カードを失うことは、武器を奪われるどころか肉体の機能を一部制限されるも同然だった。彼らは一瞬にして、ただの「丸腰の人間」へと成り下がる。

 だが、レイの表情に焦の色は一切ない。

 なぜなら彼の主力は、最初から「カード」ではなく、システム外の力である【古武術】と【確率演算】だったからだ。

「カードが使えなきゃ戦えないとでも思ったか? ……甘いな」

 レイの足元で、青く微発光していた【ただの木の棒】が、システム凍結の嵐の中でもなお、独自の脈動を打っていた。

 エラーカードを触媒にした特異進化は、神殿の強制シャットダウンすらも完全に無視して稼働し続けている。

 バルドは青ざめた顔で腰の剣に手をかけたが、システムに依存しきっていた彼らの剣術は、生身の修羅場を潜り抜けたレイの古武術の足捌きには遠く及ばない。

「退路は塞いだ。……さて、団長さん。あんたたちのその『絶対の理』が崩れた今、俺の質問に答えてもらおうか」

 システムが凍結し、暗転しかけた酒場の中心で、異端の頭脳を持つ少年が、世界を管理する者たちを完全に包囲した――。

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