第10話:沈黙する神殿の騎士
魔導ランプの明かりが完全に消え失せ、暗がり包まれた酒場には、機械の焦げる臭いと騎士たちの荒い息遣いだけが響いていた。
カードの強制凍結によって武装を剥ぎ取られた特務騎士団の面々は、もはや先ほどまでの冷徹な執行者としての威厳を失い、恐怖と混乱に支配されている。
その中心で、騎士団長・バルドだけがかろうじて膝をつくのをこらえ、鋭い視線をレイへと向けていた。
「……カードが使えなくとも、我々は神殿の騎士だ。貴様のような異端の思惑通りには……」
「威勢がいいのは結構だがね」
レイは冷ややかな声を響かせながら、手元でなおも青く脈動する【ただの木の棒】をクルリと回した。
システムがシャットダウンしているにもかかわらず、この木の棒だけは独自の熱を帯び、周囲の空間に微細なノイズを散らしている。それは、もはや単なる「雑木林の棒」ではない何者かに変貌しつつある証拠だった。
「あんたたちが固執しているその『絶対の理』とやらについて聞かせてもらう。王都の管理ネットワークが少しの例外エラーでここまで簡単に瓦解するなら、最初からこの世界を構築したシステム自体に、致命的な欠陥――あるいは『意図的な隠し扉』があるってことだろ」
バルドの眉間がピクリと跳ねた。
その反応だけで、レイの頭脳は相手の隠し持つ情報を正確に割り出す。
「……何を言っている。神が与えたカードの理に、欠陥などあるものか」
「否定する割には、顔色があまり良くないな。あんたたち特務騎士団が本当に追っているのは、『王都の秩序を乱す不具合の排除』なんかじゃない。……この街のどこかに隠された、システムが絶対に触れてほしくない『大元のエラーデータ』の隠蔽だ。違うか?」
静まり返った酒場に、レイの静かな指摘が突き刺さる。
バルドは歯噛みし、答えようと息を吸い込んだその瞬間――。
――ビビビッ! と、凍結していたはずの端末の一つが、再び奇妙な青白い光を放った。
それは神殿の管理システムからの通信ではない。
レイのポケットの中で、ずっと沈黙していたはずの【白紙のエラーカード】が、勝手に熱を帯びて微弱なホログラムの文字を空間に描き出したのだ。
《……刻限に達す。第ゼロ区画への接続を承認》
《新たな例外因子の接近を検知》
「……ほう?」
レイがその表示に目を細めた時、酒場の破られた扉の向こう、夜の王都のストリートから、足音が響いてきた。
それは騎士団の増援でも、暴徒化した野次馬の足音でもない。
もっと軽やかで、しかし異質なまでの存在感を放つ、何者かの気配だった。
「……なんだ、この魔力でもカードの気配でもない感覚は……?」
バルドが恐怖に満ちた目で外の闇を見据える中、レイの口元に不敵な笑みが浮かぶ。
システムの外側で蠢く未知の影。それが物語をさらに深い混沌へと引きずり込もうとしていた――。




