第8話:例外処理の包囲網
「――放て!」
バルド団長の号令と同時に、特務騎士団の面々が一斉に高位の攻撃カードを起動させた。
狭い酒場の空間が、瞬く間に幾重もの魔力光に満たされる。彼らが展開したのは、対象の逃走経路を完全に断つ光学的拘束陣【縛鎖の陣】と、正面からの肉薄を許さない迎撃用の【重力弾カード】の組み合わせだった。
一般のカード使いであれば、この時点で退路はなく、圧倒的な物量の前に屈するほかない。
しかし、レイは一歩も引かず、その場で冷徹に周囲の空間を観察していた。
(拘束陣の展開速度、約0.8秒。重力弾の軌道は直線的だが、床の材質を考慮すると着弾時の跳ね返りが予測できる。……なるほど、教科書通りの見事な包囲網だな)
騎士団の戦術は、システムが推奨する「最も効率的な敵制圧のアルゴリズム」に忠実だった。
だからこそ、レイの頭脳にとっては「次の行動が完全に予測できる、最もハメやすい型」でもあった。
「甘いな」
レイの呟きと共に、彼はスロットから先日の戦いで獲得した【暴食の炎獄陣】を引き抜いた。
もちろん、正規のルートで発動すれば膨大なMPを消費するか、自身のHPを削る致命的な代償を伴う。しかし、レイにはすでに確立した裏技があった。
《警告……コストの代用ルートを検知》
《【微風】のカード耐久値を全損代償として、例外発動を許可します》
手元でわずかに明滅していた【微風】のカードが、パキリと音を立てて細かなひび割れを起こし、消滅する。
その代償として、騎士団の足元から突如として制御を無視した凄まじい業火の渦が吹き荒れた。
「なっ……!? 予測魔力値を超えているぞ! 一体どこからそのリソースを……!」
足元を焼かれた騎士たちが、慌陣形を崩して回避行動を取る。
システムが想定していなかった「ノーコストの例外魔法」による想定外の奇襲。それこそが、堅牢な包囲網に最初に風穴を開けるための布石だった。
「防衛陣形の維持が崩れた。重力弾の軌道がズレるコンマ数秒――そこが抜け穴だ」
レイは【歩法:極】を爆発させ、業火の煙幕を潜り抜けて、最前線に立つ副官の懐へと一瞬で肉薄した。
手にあるのは、進化を始めて微かに青く光る【ただの木の棒】。
「ひっ……!?」
副官が慌てて防御用の魔力盾を展開しようとしたが、遅い。
レイの頭脳は、相手の魔導カードが発動完了するまでのわずか「0.2秒のラグ」を完全に捉えていた。
レイは木の棒で殴りつけるのではなく、その先端で副官のカードスロットの起動キーを正確に突く。
ガキンッ! と乾いた音が響き、システムから強制的なエラー排出音が鳴り響いた。
《エラー:カードの強制アンインストールを検知。使用権限が一時的にロックされます》
「ぐっ……魔力が、繋がらない……!?」
カードの連動を断ち切られた副官がバランスを崩し、その隙を逃さずレイは足払いを決めて床へと沈めた。
周囲の騎士たちが「副官殿!」と叫びながら体勢を立て直そうとするが、すでに盤面はレイの計算式の掌中にあった。
「システムのルールに従って戦う連中が、ルールの隙間を突かれたときの一番の弱点は――『想定外の事態が起きた際、次に取るべき選択肢を自分で導き出せないこと』だ」
レイが冷徹に言い放つと、酒場の外から、さらなる異変を知らせる不穏な地響きが轟き始めた。




