第82話:泥濘の崩壊と深淵の扉
「ギ、ギガァァァ……ピィィィィガガガガッ!!」
泥の巨塊の最深部で、有機的な絶叫と無機質なエラー音が混ざり合った異様な断末魔が轟いた。
レイが突き立てた【黒樹の邏卒】から流し込まれた事象破壊のバグコードが、泥を統括していたメインフレームの残骸を急激に侵食していく。
王都の極大防壁すらも喰い破る『バグ』の奔流は、無限の再生を誇った汚染獣の細胞をデータレベルで強制的に書き換え、自壊の連鎖を引き起こした。
赤黒く波打っていた巨大な泥の波が、まるで乾いた砂のようにボロボロと崩れ落ちていく。強酸の性質を持っていたはずのそれは、ニアの展開した【清浄なる領域】とバグの干渉によって、ただの無害な灰色の塵へと変わっていた。
「……終わったな」
レイは完全に沈黙したメインフレームの残骸から漆黒の棍を引き抜き、同時に左手首をかざして【事象略奪】の黒い光を放つ。灰色の塵へと還っていく泥の中心から、ひときわ鈍く光る「歪なデータコア」が抽出され、リストホルダーのインベントリへと吸い込まれていった。
「無限の再生能力と、あらゆる質量を飲み込む捕食のコード……。またとんでもない手札が手に入ったな」
荒い息を吐くレイのコートの裾は泥の酸でボロボロに焼け焦げていたが、すぐさまニアが駆け寄り、淡い緑色の光で軽傷と肉体の疲労を瞬時に癒やしていく。
「ふぅ……信じられないわ。旧世界の人類が束になっても勝てなくて、蓋をして逃げるしかなかったバケモノを粉砕するなんて」
エリスが呆れたようにため息をつきながら、瓦礫の山を乗り越えて歩み寄ってくる。その後ろでは、シエナが油断なく双剣を構えたまま周囲の索敵を続けていた。
「レイのバグと、ニアの環境デバフ無効化がなければ、一瞬で溶かされてたのはこっちよ。……でも、これでようやく『本命』に辿り着けたみたいね」
シエナが双剣を収め、崩れ去った泥の巨塊の奥を顎で示した。
泥と塵が晴れた空間の最奥。
カビと鉄錆に覆われたこの地下シェルターにおいて、そこだけが周囲の泥臭い景色から完全に切り離されたように異彩を放っていた。
一切の汚れも錆びもない、純白の合金で構築された巨大な円形の扉。その中央には、王都の紋章の「原型」と思われる、旧時代の世界樹を模したエンブレムが青白く発光している。
「……『第零アーカイブ』。王都の連中が魔法を切り捨て、この星を歪なシステムで支配し始めた、すべての元凶が眠る場所」
エリスの言葉に、四人は静かに頷いた。
泥を啜り、バグを喰らいながら生き抜いてきた反逆者たちの手が、ついに世界の根源へと触れようとしていた。




