第79話:朽ちたプラットホーム
果てしなく続く暗闇のトンネル。その道程は、かつての彼らであれば死と隣り合わせの絶望的な行軍になっていただろう。
だが、今は違う。
暗闇の奥から飛び出してくる異形の変異獣や、暴走した旧防衛システムの残骸は、レイが振るう【黒樹の邏卒】の圧倒的な暴力の前に、文字通り一瞬でデータの塵と化していった。
王都の最高レベルの極大防壁と、バグによる事象破壊を併せ持つ漆黒の棍は、地下の生態系にとってあまりにも規格外の理不尽だった。
「……すごい。レイ様、傷一つ負わないですね」
シエナの背中に隠れるようにして歩きながら、ニアが感嘆の声を漏らす。
「あいつの火力がバグってるだけよ。でも、おかげで私の索敵リソースを周囲の環境スキャンとマッピングに全振りできるわ。……おっと、開けるわよ」
エリスが手元の端末を操作すると、単調だったトンネルの景色が急に大きく広がった。
そこは、旧世界の地下鉄駅――かつての『プラットホーム』の跡地だった。
ドーム状の巨大な天井は所々崩落し、ひしゃげた何両もの車両がホームに乗り上げている。壁面には王都の洗練された言語とは異なる、かすれた旧時代の文字で書かれた看板が虚しくぶら下がっていた。
「ここは……ただの駅じゃないわね」
エリスがホームの端にあった巨大なメインフレームの残骸にケーブルを接続する。
「ビンゴ。ただの交通網じゃなくて、王都ができる前の『広域シェルター』のハブ駅よ。……でも、おかしいわ」
「何がだ?」
周囲を警戒していたレイが、油断なく武器を構えたまま問う。
「防壁の展開ログよ。外の世界の汚染から逃れるためのシェルターなのに、最も強固な物理隔壁が『さらに地下の深層』に向けて展開されたままシャットダウンしてるの。まるで、地下の奥底から這い上がってくる『何か』から必死に蓋をして逃げたみたいに」
その言葉に、シエナがピクリと獣耳を動かした。
「エリス、レイ! 気をつけて、下から嫌な風が来るわ!」
シエナの警告と同時だった。プラットホームの奥、さらに下層へと続くエスカレーターの巨大な空洞から、緑色がかった不気味な霧が突如として噴き出してきた。
「っ、高濃度のエラー・マイアズマ(瘴気)よ! 触れればローカルOSごと肉体が腐り落ちるわ!」
エリスが悲鳴を上げ、レイが即座に前へ出て【黒樹の邏卒】の防壁を展開しようとした瞬間。
「だ、大丈夫です! 私に任せてくださいっ!」
それまで怯えていたニアが前に飛び出し、両手を広げた。
「【清浄なる領域】、展開!」
彼女の小さな両手から放たれた淡い緑色のパルスが瞬時に円状に広がり、押し寄せる致死の瘴気を浄化して無害な空気へと書き換えていく。王都が不要として切り捨てたポンコツのナース型番は、この過酷な地下探索において誰よりも頼りになる「盾」として機能していた。
「……へえ。戦闘はからっきしでも、環境デバフの無効化までできるなんてね。本当に拾い出し物だわ」
エリスが感心したように口笛を吹く。
「よくやった、ニア。これで心置きなく奥へ踏み込める」
レイは瘴気が晴れた下層への階段を見下ろした。王都が恐れ、頑丈な蓋をしてまで隠蔽しようとした「何か」が眠る深淵。
そのさらに奥にある第零アーカイブへ向け、四人は迷うことなく足を踏み出した。




