第78話:奈落の線路(レール)
光の届かない旧地下輸送網。エリスの端末から放たれる青白い発光コードだけが、四人の足元に続く赤錆びた線路をわずかに照らし出していた。
ひんやりとした空気に、鉄錆とカビ、そして得体の知れない獣の死臭が混じり合っている。
「……ひぅっ。な、何か、暗闇の奥でカサカサ音がしませんか……?」
ニアが両手でシエナのマントの裾を強く握りしめ、涙目で周囲をキョロキョロと見回す。
「旧時代のネズミか、王都が置き去りにした清掃ドローンが野生化したものよ。……と言いたいところだけど、この嫌な気配はもっと面倒な連中ね」
シエナはいつでも双剣を抜けるよう、低い姿勢を保ったまま油断なく視線を巡らせる。彼女の亜人としての野性の勘が、この暗闇の奥に潜む「何か」の悪意を捉えていた。
「シエナの言う通りよ。前方30メートル、天井の配管跡から複数の生体反応。熱源の波形からして……機械の残骸と汚染獣が融合した『機魔』の群れね」
エリスが端末のモニターを見つめながら、冷たく言い放つ。
カチャリ、と暗闇の中で複数の赤い眼光が灯った。
天井に張り付いていたのは、かつての地下鉄の車両から引き剥がしたであろう金属装甲を皮膚に癒着させた、巨大な多脚の異形だった。王都のシステムから外れ、この閉鎖空間で共食いを繰り返しながら独自の進化を遂げた地下の生態系だ。
「ギ、ギィィィィッ!!」
金属を引っ掻くような耳障りな咆哮と共に、三体の機魔が天井から一斉に襲いかかってくる。
「来るわよっ!」
シエナが迎撃のために踏み込もうとした、その瞬間だった。
「前衛は俺がやる。お前たちはニアを護れ」
レイが静かに前に出た。
左手首のリストホルダーが赤黒く発光する。彼は一切の構えも取らず、右手に握った【黒樹の邏卒】を、ただ頭上へ向けて無造作に振り抜いた。
ギィンッ!!
けたたましい金属音。だが、それはレイの武器が敵に弾かれた音ではない。
襲いかかってきた三体の分厚い金属装甲が、極大防壁の出力と事象破壊のバグを纏った漆黒の棍によって、まるで豆腐のように真っ二つに両断された音だった。
「……嘘でしょ。あんな装甲、私の双剣じゃ傷をつけるだけでも一苦労なのに……」
シエナが呆然と呟く中、両断された機魔の残骸がドサリと足元に転がる。
レイは血振るいのように棍を軽く振ると、肉塊から価値のあるデータコアだけを冷徹に【事象略奪】で吸い上げた。
「……進むぞ。ここはまだ、ただの玄関口だ」
暗闇を切り裂く圧倒的な暴力。かつて荒野で泥水を啜っていた『最弱のバグ』は、今や王都の理不尽なシステムすらも凌駕する力を見せつけつつあった。深い奈落の底へ向けて、反逆者たちの行軍は止まらない。




