第77話:忘却の扉
灰色の風が吹き荒れる荒野を、四つの影が進んでいく。
「ひぅっ……! 風が、冷たいです……っ」
純白のコートを砂埃で汚しながら、ニアが涙目で身を縮こまらせた。王都の完璧に温調されたドーム内しか知らない彼女にとって、外の世界の環境は歩くだけでも過酷だ。
「ほら、私のマントに隠れてなさい。もうすぐ入り口よ」
シエナが呆れ半分、優しさ半分といった様子で、小柄なニアを自身の革マントで庇う。
渓谷の最深部に辿り着いたレイたちの前に現れたのは、切り立った岩肌に埋もれるようにして建つ巨大なコンクリートの遺構だった。
その中央には、王都の紋章が薄っすらと残る厚さ数メートルの超合金製シャッターが、世界を完全に拒絶するように鎮座している。
「ビンゴね。王都の連中が地下を切り捨てたときに物理封鎖した『旧地下輸送網』の第4ゲートよ」
エリスは迷うことなくシャッターの脇にある分厚いパネルをこじ開け、自身の端末のケーブルを強引に接続した。
「……旧世代の軍事暗号だけど、今の私のOSなら10秒で抜けるわ。――はい、電子ロック解除」
ガコンッ! と重々しい音が遺構に響く。しかし、シャッターは数センチ持ち上がっただけで、けたたましい金属の軋み声と共に沈黙してしまった。
「ダメね。数十年分の赤錆と、地殻変動の歪みで物理的なギアが完全に癒着してる。電子制御をハックしても、これじゃ扉が動かないわ」
エリスが舌打ちをしてケーブルを引き抜く。
「なら、鍵穴ごと消し飛ばすだけだ」
レイが静かに歩み出た。その右手に握られているのは、王都の殺戮端末のコアを喰らって変異した漆黒の棍――【黒樹の邏卒】。
「下がっていろ」
短い警告と共に、レイが漆黒の棍を片手で無造作に薙ぎ払う。
その瞬間、赤いバグのノイズを伴った高周波の斬撃が空気を切り裂いた。
抵抗らしい抵抗は一切なかった。王都が誇る分厚い超合金の隔壁は、まるで熱したナイフで泥を切るかのように、音もなく斜めに両断されたのだ。
ズズ……ズガァァァァァァンッ!!!
切断された巨大なシャッターの上半部が、自重に耐えきれず轟音と共に内側へと崩れ落ちる。
舞い上がった土煙の向こう側にポッカリと口を開けたのは、一切の光が届かない漆黒の奈落。そして、カビと鉄錆、それに正体不明の獣の死臭が入り混じった、冷たい地下の風だった。
「……さて、ここからはシステム外の無法地帯だ。死にたくなければ俺から離れるな」
レイの背中が、暗闇の中へと静かに溶け込んでいく。世界の真実へと続く深く冷たい深淵へ、反逆者たちはついに足を踏み入れた。




