第76話:深淵への切符
バラック小屋の錆びたテーブルの上に、シエナが古びたホログラム・デバイスを放り投げた。
青白い光が空中に投影したのは、王都を中心として広がる広大な荒野の立体マップ。そして、その地下深くに葉脈のように張り巡らされた、巨大な旧世界の地下交通網だった。
「『第零アーカイブ』への道筋だけど、地上からまともに向かえば王都の防衛システムに蜂の巣にされるわ。現実的なルートは一つだけ。……この『旧地下輸送網』の跡地を抜けることね」
シエナが指差した先は、鉄屑の谷から西へ数十キロ離れた渓谷の底にある、広大な未踏破エリアだった。
「なるほどね。地下なら王都の衛星スキャンも届かない。でも、当然ただの空洞じゃないんでしょ?」
エリスが素早く端末を繋ぎ、ホログラムのデータを吸い上げながら目を細める。
「ええ。王都が地下を封鎖したときに置き去りにされた『自律型防衛兵器』と、暗闇の中で独自の進化を遂げた凶悪な汚染獣の巣窟よ。おまけに、入り口は物理的な巨大隔壁と強固な電子ロックで完全に塞がれているわ」
「問題ない」
レイは静かに立ち上がり、漆黒の合金に覆われた【黒樹の邏卒】を肩に担いだ。
「電子ロックはエリスがこじ開ける。物理的な隔壁や防衛兵器だろうが、今の俺なら全て喰い破れる。……それに、後ろにこいつがいる」
レイの視線の先には、両手で大事そうに医療キットの入ったバッグを抱えたニアの姿があった。
「あ、あのっ……! 戦闘の役には立てませんけど、皆さんがどれだけ深い怪我を負っても、私が全力で治しますからっ!」
ウサギのようにビクビクとしながらも、その瞳には王都から捨てられた自分を拾ってくれたレイたちへの、確かな信頼と決意が宿っていた。
「……ふふっ、本当に頼もしい後衛ができたものね。よし、ローカルOSのナビゲーション・コードを地下仕様に書き換えるわよ」
エリスが不敵に笑い、乾いた音を立ててキーボードを叩き始めた。
数時間後。
重傷を負っていた自警団員たちの治療を一通り終え、野営の準備を整えたレイたちは『鉄屑の谷』の巨大な鉄門の前に立っていた。見送りに来た無法者たちの顔には、かつてのような飢えと絶望はない。純白の聖女がもたらした奇跡によって、街には自力で生き抜くための確かな活力が戻っていた。
「街の防衛は任せたぞ」
「おう! 気をつけてな、バグの兄ちゃん、姐さんたち!」
門が重々しい音を立てて閉ざされ、灰色の雲が立ち込める荒野へ向けて四人の反逆者たちは歩みを進める。
次なる目的地は、世界の真実が眠る深淵への入り口――旧地下輸送網。王都の理不尽なシステムを根底から覆すための過酷な旅が、完璧な手札を揃えて再び幕を開けた。




