第75話:漆黒の特異点
鉄屑の谷の広場は、かつてない活気に包まれていた。
「次、腕の開放骨折ね。神経を繋ぐから少し痛むわよ、我慢してね」
「す、すげえ……本当に一瞬で肉がくっついたぞ! ありがてえ、聖女様!」
純白のコートを着たニアの周りには、重傷を負った自警団員たちが長蛇の列を作っていた。王都から廃棄された旧式の医療サイボーグは、この泥臭く血生臭いコロニーにおいて、瞬く間に希望の象徴となりつつある。シエナが用心棒として鋭い視線を光らせているおかげで、無法者たちの間でも暴動が起きることなく、完全な秩序が保たれていた。
一方、歓喜に沸く広場の喧騒から離れたバラック小屋の奥深く。
薄暗い空間の中で、エリスは焦げ臭い匂いを漂わせる端末の基盤と格闘していた。
「まったく、あんたのあのバカげた出力のせいでマザーボードが半分イカれたわ。予備のパーツを組み込んでOSを再構築するのに一苦労よ」
文句を言いながらも、その指先はキーボードの上で正確に踊り、『REBELLION』のシステムを再起動させていく。
「悪いな。だが、その恩恵は十分にあったはずだ」
レイは作業台の上に、鈍い光を放つ漆黒のデータコアをゴトリと置いた。王都の最強の殺戮端末『執行官』から奪い取った、極めて純度の高いメインシステム直結のコード塊だ。
これまでのジャンクデータとは次元が違う。その圧倒的な質量と密度に、再起動したばかりのエリスの端末すら微かに警告のノイズを鳴らした。
「……それをどうする気? あんたのそのボロボロの『木の棒』にそのまま上書き(オーバーライト)したら、武器の物理的なキャパシティが耐えきれずに砕け散るわよ」
エリスの懸念はもっともだった。木の棒は【暴食の黒風】を宿しているとはいえ、ベースはあくまで最弱の初期装備に過ぎない。強大すぎる力は器を壊す。
「だから、バグを噛ませて抽出する。……このコアに組み込まれている『論理防壁』のデータを物理的な装甲として分離し、残りの高周波出力を【暴食の黒風】の刃に結合させる」
レイは躊躇うことなく、左手首のリストホルダーを起動した。
【事象略奪】の黒い光が漆黒のコアを包み込み、激しいノイズと共に分解していく。分離された強大なエラーデータが火花を散らしながら、レイの右手に握られたただの木の棒へと猛烈な勢いで吸い込まれていった。
バチィィィンッ!!
強烈な閃光が収まった後、レイの手に握られていたのは、もはやただの木切れではなかった。
表面は執行官の装甲と同じ光を吸い込む漆黒の特殊合金でコーティングされ、その内部には赤黒いバグの脈動が血管のように走っている。
【武装進化:『黒樹の邏卒』】
・特性:王都システム由来の極大防壁の展開。および、事象破壊を伴う高周波切断。
「……これで、王都の連中の首に直接刃が届く」
レイが漆黒の棍を軽く振ると、空間そのものが微かに歪むような低い風切り音が鳴った。
絶対的な回復システムによる拠点の復旧と、次なる反逆の要となる『規格外の矛』。すべてを整えた反逆者たちの視線はすでに、灰色の空の向こうに潜む世界の真実――『第零アーカイブ』へと向けられていた。




