第74話:帰還、そして鉄屑の聖女
どんよりとした灰色の雲の下、錆びついた巨大な鉄門が重々しい音を立てて開く。
「おい……嘘だろ。あいつら、『嘆きの谷』から生きて帰ってきやがったぞ……!」
見張りの自警団員たちが驚愕の声を上げる中、満身創痍のレイたちは、彼らの拠点である無法のコロニー『鉄屑の谷』へと帰還を果たした。
血と硝煙の匂いを纏うレイ、エリス、シエナの三人に加え、その後ろには周囲の泥臭い景色から完全に浮いている、純白のコートを着た少女――ニアがおずおずと隠れるようにしてついてきている。
「シエナ姐さん! 無事だったかい……って、その子は?」
顔見知りの若い団員が駆け寄ってくる。彼の腕は以前の汚染獣との戦闘でひどく化膿しており、粗末な包帯から嫌な臭いが漂っていた。この街では、抗生物質も治療カードも手に入らない。少しの傷が命取りになるのが外の世界の絶対的な常識だ。
「ニア、ちょっと彼に『あれ』を見せてあげて」
シエナが促すと、ニアはビクビクしながらも前に歩み出て、団員の腕にそっと両手をかざした。
「し、失礼します……【生命の息吹】、展開」
淡い緑色の光が団員の腕を包み込む。次の瞬間、化膿してどす黒く変色していた傷口のエラーデータが浄化され、文字通り『巻き戻る』ようにして綺麗な肌へと再生した。
「なっ……!? 傷が、消えた……?」
団員は信じられないものを見るように自分の腕をさすり、周囲に集まっていた野次馬たちからも怒号のような驚きのどよめきが沸き起こった。
「おい、見ろよ! 魔法だ!」
「王都の医療サイボーグじゃねえか! なんでこんな掃き溜めに……!」
「今日から彼女もウチのパーティの専属よ。もちろん、適正な対価を払えば街の連中の治療も受け付けてあげるわ」
エリスが不敵な笑みを浮かべて宣言すると、周囲から割れんばかりの歓声が上がった。
回復役の存在は、死と隣り合わせのこの街において、まさに神にも等しい価値を持つ。コスト削減のために王都から捨てられたポンコツのサイボーグは、この鉄屑の谷において一躍『聖女』として迎え入れられたのだった。
一方、歓喜に沸く喧騒から少し離れた場所で、レイは静かに左手首のリストホルダーを展開していた。
網膜に浮かび上がるローカルOSのインベントリには、王都の殺戮端末『執行官』を打ち破ったことで得られた、規格外の純度を誇る漆黒のデータコアが収められている。
(……ニアの加入で、最大のウィークポイントだった拠点での回復システムは確立した。あとは……)
レイの視線が、禍々しい光を放つ漆黒のコアに注がれる。
これまで集めたジャンクデータとは比較にならない、メインシステム直結の高圧縮コード。これを手持ちのカードとどう合成するか。コアの全出力を既存の手札に上書きして絶対的な火力を生み出すか、それとも防壁データだけを抽出して装甲に回すか。
歓声に包まれる鉄屑の谷の片隅で、レイは次なる手札の構築に向け、冷徹な思考の海へと深く潜っていった。




