第73話:命の天秤と廃棄された白衣(レイ視点)
重い瞼を持ち上げると、視界の端で赤く明滅し続けていた【HP: 1】の死の警告表示が、柔らかな緑色の光と共に【HP: 450】へと緩やかに上昇していくのが見えた。
「……ん……」
「あ、エリス様! レイ様のバイタルが……意識、戻られましたっ!」
耳慣れない、鈴を転がすような怯えた声。
荒野の冷たい岩肌でも、シエナの自警団が使っていたような薄汚れた布の上でもない。俺が寝かされていたのは、旧時代の遺物と思われる清潔な医療用ポッドの中だった。
そして俺を覗き込んでいたのは、見知らぬ少女。色素の薄い淡い緑色の髪に、王都の医療班が着るような真っ白なコート。しかし、彼女の首筋には無機質なバーコードと、プラグの接続痕が刻まれている。
「……誰だ、お前は」
「ひっ!? あ、あの、わ、私は……っ!」
レイが低い声で問うと、少女はウサギのように肩を跳ねさせ、ポッドの陰に隠れてしまった。
そこへ、煤だらけのエリスとシエナが疲労困憊の顔で歩み寄ってくる。
「起きたのね、死に損ない。……本当に心臓が止まるかと思ったわよ」
エリスがため息をつきながら、少女の背中をポンと叩いた。
「彼女はニア。あんたを引きずってこの『嘆きの谷』を抜ける道中、王都の廃棄シューターから落としたであろう墜落ポッドの中で眠っていたのよ」
「王都じゃ、少しでも魔力変換効率の落ちた旧型の医療用サイボーグは、修理するより『外へ捨てる』ほうがコストがかからないのよ。エリスがローカルOSで再起動をかけたら、あんたのステータスを見てパニックになっちゃってね」
シエナが苦笑しながら、ニアがレイに施した治療の痕を指差した。
「あの……レイ、様? 私、旧式のナース型番で、戦闘なんて何もできないんですけど……でも、生命維持のコードだけは、外の世界でも動くみたいで……」
ニアはおずおずとレイを見つめ、両手で淡い光を放つ医療用カード【生命の息吹】を握りしめていた。
徹底したコスト削減のために王都から切り捨てられた、命を救うためだけの『バグ』。
レイは自身の右肩の致命的な裂傷が塞がっているのを確認すると、ゆっくりと身を起こし、怯える彼女の頭にポンと手を乗せた。
「……上等だ。俺たちの反逆のデッキには、お前のような手札が必要だった。歓迎するぞ、ニア」
「ふぇ……あ、はいっ……!」
最強の刺客である執行官を退け、パーティの致命的な弱点だった「回復役」を手に入れたレイたち。強固な足場となる『鉄屑の谷』の拠点へ向け、新たな仲間を加えた反逆者たちの帰還の足取りは、確かな熱を帯びていた。




