第61話:反撃の産声
鉄屑の谷を囲む赤茶けた岩肌に、野獣の断末魔と鈍い破砕音が立て続けに響き渡った。
「七体目。……周辺の索敵網に引っかかっていた変異種はすべて処理した」
レイは跳ね上がった黒い体液をコートの裾で払いながら、地に伏した汚染獣の頭部から、赤黒く明滅するソフトボール大の『データ結晶核』を素手でえぐり出した。
右手に握られた【ただの木の棒】は、強大なエラーデータを連続で吸収したことで、木肌の六割が黒光りする未知の鉱物のような材質へと変異している。もはや単なる打撃武器ではなく、物理法則をねじ伏せる破壊の質量兵器だ。
「信じられないペースね。ウチの自警団が総出で一日がかりで狩る数を、たった数十分で……」
銀色の尾を揺らしながら合流したシエナが、呆れと感嘆が入り混じったため息をつく。彼女の双剣も汚染獣の血を吸っていたが、無駄を極限まで削ぎ落としたレイの【確率演算】による殲滅速度は、荒野の常識を完全に凌駕していた。
レイは麻袋に無造作にコアを放り込むと、その半分をシエナの足元へと押しやった。
「約束通り、手に入れたコアの五割はお前たち自警団のものだ。街の防壁の強化と、旧時代の浄水設備の完全修繕に使え」
「……本当にいいの? これだけの莫大なエネルギー資源、王都の連中なら絶対に独占するわよ」
「俺たちだけで世界は再構築できない。ここが強固な足場になれば、俺たちもより遠くへ遠征できる。それに――」
レイは残りのコアが入った袋を担ぎ上げ、谷底を見下ろした。
「うちの『設計者』が、バッテリーの到着を首を長くして待っているはずだ」
二人が街の最奥にある巨大コンテナに戻ると、そこには異様な光景が広がっていた。
床一面を這い回る無数の配線。ジャンク品の山から抽出された数百の基盤が、エリスの微弱な魔力(MP)を触媒にして、無理やり一つの巨大な演算装置として結合されている。
「遅いわよ、レイ。こっちはもう、器の準備は終わってるの」
顔に煤をつけ、髪を振り乱したエリスが、飢えた獣のような目でレイの手にある麻袋を睨みつけた。王都の優雅なエリートハッカーの面影はない。泥にまみれ、自らの手で新たな世界を創り出そうとする執念がそこにあった。
レイが無言で四つの高純度コアを床に転がすと、エリスは即座にそれをメイン基盤のソケットに叩き込み、自身の指先から青白いスパークを流し込んだ。
「――起動!!」
バチィィィンッ!という強烈な放電音と共に、コンテナ内の空間が歪んだ。
ノイズだらけの空中に、赤と緑のバグった文字列が滝のように流れ落ちる。それは王都の美しく洗練されたシステム画面とは程遠い、歪で、攻撃的で、荒々しい『エラーの結晶』。
だが数秒後、ノイズの海が収束し、レイとエリスの網膜に、明確な数値とUIが焼き付けられた。
【Local OS "REBELLION" - Boot Complete】
【Target: RAY】
【Level: 14 (Sync Rate: 120%)】
【HP: 2450 / MP: 0 / STR: Limit Break】
「……やったわ」
エリスが膝から崩れ落ち、震える声で歓喜の息を吐いた。
システムから追放された者たちが、自らの手で作り上げた泥まみれの玉座。視界の隅に浮かび上がるバグ混じりのステータス画面を見つめながら、レイは反撃の産声を上げた自身のシステムを静かに受容していた。




