第60話:反逆の盟約
薄暗いコンテナハウスの中に、シエナの言葉が重く響き渡った。
『王都の連中には、奪われたものを取り返さなきゃならない』
レイは表情一つ変えず、ただ静かに問う。
「奪われたもの、とは何だ。王都はドームの内部だけで完結しているはずだ。外の荒野からわざわざリソースを接収する必要があるのか」
「完結なんてしてないわよ、あんな偽物の楽園」
シエナは吐き捨てるように言い、琥珀色の瞳に明らかな憎悪を滲ませた。
「ドームの完璧な環境を維持するための莫大なエネルギー……その大半は、この荒野の地下深くを流れる『星の脈流(マナの源泉)』を強制的に吸い上げて賄われているのよ。私たち亜人の部族が代々守ってきた聖地も、システムを拡張するためのエネルギー源として根こそぎ奪われた。だから外の世界はこんなにも枯れ果てて、エラーデータと融合した汚染獣なんて化け物がウヨウヨ湧き出すようになったの」
システムによる環境の搾取。
王都の圧倒的な平和と豊かさは、外の世界の犠牲の上に成り立っていた。その事実を突きつけられても、レイの心に罪悪感は湧かない。彼はすでに王都の人間ではなく、この残酷な荒野で生き抜く一人のサバイバーだからだ。
「……なるほどね。王都のメインフレームが異常なほどの処理能力を維持できている理由が、ようやく腑に落ちたわ」
シエナの重い告白を遮ったのは、部屋の隅から聞こえる無機質な声だった。
振り返ると、エリスが床に座り込み、山積みされたジャンク品の束から使えそうな基盤や配線を次々と引っ張り出している。彼女の魔力(MP)は着実に回復を続けており、指先からは微弱な青い放電がチカチカと漏れ出していた。
「ちょっと、お嬢様。人が真面目な話をしてるのに、何勝手にガラクタ漁ってんのよ」
シエナが呆れたように腰に手を当てるが、エリスは振り返りもしない。
「ガラクタじゃないわ。これは宝の山よ。……レイ、聞いて。この旧時代の基盤と私のハッキングコードを繋ぎ合わせれば、簡易的な『ローカル・システム』の端末が作れる。ただ……」
エリスは泥に汚れた顔を上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「起動させるための『バッテリー』が足りない。王都の配電網がないこの場所で、システムを立ち上げるだけの莫大なエネルギー……さっきあなたが砕いた『汚染獣』の結晶核くらい高濃度のデータコアが必要ね」
その言葉に、レイは自身の右手に持つ【ただの木の棒】へと視線を落とした。
木肌に刻まれた電子文様は、先ほどの戦闘で汚染獣を粉砕し、そのエラーデータを吸収したことで、明らかに以前よりも強く、脈打つように明滅している。
レイ自身の肉体もまた、【確率演算】の精度が増し、筋繊維の反応速度が向上しているのを感じていた。システムによる「レベルアップ」の通知こそないが、強敵を倒しリソースを奪うことで、確実にステータスが強化されているのだ。
「なら、話は早い」
レイは立ち上がり、冷徹な瞳でエリスとシエナを交互に見据えた。
「『第零アーカイブ』へ向かう前に、俺たちの戦力を底上げする。エリスのローカル・システムを起動させるためのコアを集めつつ、外の環境での戦闘経験を俺の肉体とこの武器に蓄積させる」
それは、王都のRPGゲームで言うところの「レベリング(稼ぎ)」と「素材集め」の宣言だった。
だが、システムに管理された安全な狩りではない。一歩間違えれば命を落とす、泥臭く危険な実戦の連続だ。
「……ふふっ、上等じゃない。荒野のルールをすぐに理解したみたいね」
シエナが牙を見せて獰猛に笑い、銀色の尾を嬉しそうに揺らした。
「第零アーカイブ周辺の『汚染獣の巣』を抜けるルートなら、私が案内してあげる。その代わり、手に入れた物資とコアの三割は自警団で貰うわよ」
「五割渡す。代わりに、この街の設備と情報を自由に使わせろ」
「交渉成立ね。やっぱりあんた、見込みがあるわ」
レイの即答に、シエナは満足げに頷いた。
一方のエリスは、すでに手元の基盤の配線作業に没頭しており、「早く私のバッテリーを狩ってきなさい」と背中越しに手をひらひらと振っている。
野生の直感で荒野を駆ける亜人の少女と、究極の論理でシステムを支配しようとする天才ハッカー。
決して交わることのなかった二つの異能を両脇に抱え、レイは【ただの木の棒】を深く握り直した。外の世界を喰らい尽くし、王都の偽りの神を引きずり下ろすための『反逆の盟約』が、この鉄屑の谷で静かに結ばれた。




