第59話:鉄屑の谷(スクラップ・キャニオン)
シエナの案内で切り立った岩肌を抜けると、すり鉢状の巨大なクレーターの底に、その「街」は姿を現した。
旧時代のコンテナや廃車のボディ、錆びたパイプなどを複雑に継ぎ接ぎして作られた無数のバラック小屋が、所狭しと身を寄せ合っている。王都の幾何学的で無菌な都市計画とは対極にある、混沌と生命力に満ちたスクラップの迷宮。それが、外の世界の生存者たちが築き上げたコロニー『鉄屑の谷』だった。
「ようこそ、私たちの泥臭いオアシスへ。王都の綺麗な景色に見慣れた目には、ゴミ捨て場にしか見えないかもしれないけどね」
シエナが銀色の尾を揺らしながら、自嘲気味に笑う。
街路に足を踏み入れると、焼けた機械油と、強烈な香辛料の匂いが鼻を突いた。通りを行き交うのは、シエナのような亜人や、日焼けし傷跡だらけの人間たちだ。彼らの眼差しには、王都の住民のような虚ろな安寧はなく、今日を生き延びるための飢えた熱気が宿っている。
レイは冷徹な眼差しで周囲をスキャンし、【確率演算】で街の武装度や脅威度を即座に割り出していく。
誰もが何らかの武器を携帯しているが、レイに向けられる視線の多くは「警戒」と「畏怖」だった。先ほどの汚染獣を一撃で粉砕したという情報が、すでにシエナの部下たちによって街のネットワークに伝達されているのだろう。
「……信じられない不衛生さね。大気の汚染レベルも、王都の基準値なら即刻ロックダウンよ」
エリスはコートの襟で口元を覆いながら、嫌悪感と興味が入り混じった複雑な表情で周囲を観察していた。
だが、その不満げな言葉とは裏腹に、彼女の視線は路地の片隅に山積みされた旧時代の電子部品や、ジャンク品の束に釘付けになっている。
「でも、これは……。王都の管理システムが普及する前の、物理回路ベースのハードウェアの山じゃない。これだけの物理ストレージがあれば……」
エリスの脳内で、先細りしていた『ローカル・システム構築』のビジョンが、急速に現実味を帯びてスパークし始めていた。
「ハッ。お高くとまったお嬢様かと思ったら、案外ジャンク漁りの才能がありそうじゃない。見る目があるわね」
シエナがエリスの様子を見て、挑発するように牙を見せて笑う。
「王都じゃゴミ扱いだろうけど、ここではそういう『旧時代の遺物』が通貨代わりになるの。魔力(MP)が空っぽのあんたでも、頭を使えばこの街で生きていけるかもね」
「……誰に物を言っているのかしら。私はエリス。王都のセキュリティを一人で書き換えた天才よ。こんなガラクタの山、数日あれば最高のサーバーに組み替えてみせるわ」
バチバチと視線で火花を散らす二人を意に介さず、レイは淡々とシエナに問う。
「取引の履行を。安全な場所と、水と食料だ」
「わかってるわよ。無骨な男ね」
シエナは肩をすくめると、街の奥にある一際大きなコンテナハウスへと二人を案内した。
内部は外の喧騒が嘘のように静かで、旧時代の浄水器や、微かに稼働する空調設備まで備わっていた。シエナが自警団のリーダーとして、それなりの力と物資を保有している証拠だ。
「ここを使って。水も備蓄食料も、王都の味には劣るだろうけど好きにしていいわ。……その代わり」
シエナはレイの真正面に立ち、琥珀色の瞳で彼の左手首――リストホルダーを真っ直ぐに見つめた。
「あんたのその左手で光ってるカード。それが何なのか、教えてもらおうか」
レイは動じることなく、リストホルダーから【** ????? **】のカードと【白紙のエラーカード】を引き抜いた。
システム外のエネルギーを帯びた二枚のカードが、薄暗い部屋の中で青白い冷光を放つ。
「俺にも正体は分かっていない。ただ、王都のシステムからは『存在しないバグ』として排除された代物だ。そして、これを持つ俺の身体能力は、システムの制約を受けずに進化し続けている」
シエナはカードから放たれる光に魅入られたように、ゴクリと息を飲んだ。
「やっぱり……。私たちの部族に伝わる伝承と同じだわ。王都の『偽りの神』を破壊し、世界を再構築する『エラーの因子』……」
彼女は顔を上げ、期待と興奮に満ちた声でレイに告げた。
「あんたたちの目的が『第零アーカイブ』なら、条件は完全に一致する。あそこに眠っているのは、単なる旧時代のデータじゃない。あんたのそのカードを完全に『覚醒』させるための、中枢コアよ」
その言葉に、部屋の隅でジャンクパーツの山を物色していたエリスが振り返った。
「システムを破壊し、再構築する因子……。レイ、もしそれが本当なら、私が作ろうとしているローカル・システムを、この荒野のどこにでも展開できる『世界そのものの管理者権限』を奪えるかもしれないわ」
エリスの瞳に、ハッカーとしての底知れぬ野心が燃え上がる。
一方のシエナもまた、銀色の尾をピンと立ててレイを見つめていた。
「力を貸すわ、レイ。私たちも、王都の連中には奪われたもの(・・・・・・)を取り返さなきゃならないから」
荒野の底のスクラップの街で、王都への反逆の炎が、確かな熱を持って燃え上がり始めていた。




