第44話:閾値の境界
洞窟の入り口を塞ぐように広がる微かな陰影の中から、ついにその異形の全貌が姿を現した。
それはかつて王都の治安維持や物資運搬を担っていたはずの汎用オートマトンだった。だが、管理コードの縛りを失ったその機体は、あちこちの外装パネルが剥がれ落ち、剥き出しになった内部フレームから不規則な火花を散らしている。四肢の関節は致命的な歪みを起こしており、引きずるような足音を立てながら、まるで壊れた人形のように不気味な軌道を描いていた。
頭部センサーの代わりに埋め込まれた青白い単眼レンズが、暗い荒野の地表を無機質にスキャンしながら、ふと洞窟の入り口へと向けられる。
(――見つかったか)
レイは【確率演算】の思考を極限まで加速させ、敵の視覚センサーの死角と、最も確実かつ無音で破壊できる打撃の軌道をコンマ数秒の間に弾き出した。
エリスを眠らせたままこの危機を切り抜けるには、相手に一切の警報や通信コードを発信する暇を与えず、一撃で中枢回路を粉砕する以外に道はない。
左手首のリストホルダーで脈打つ【 ????? 】のカードと【白紙のエラーカード】が、目の前の機械から発せられる古いエラー信号に反応して、熱を帯びたようにピリリと疼いた。
システム外の空間において、エラーコード同士が引き合う引力が、レイの神経を波立たせる。
オートマトンが足を踏み止め、その崩れかけた首を不自然な角度でぎこちなく曲げた。
視線の先、洞窟の陰に潜むレイの気配を、旧式のセンサーが微かに捉えかけたその瞬間――。
「……遅い」
レイの低い呟きが洞窟の冷気の中に溶けた。
踏み締めた足元から爆発的な筋力が解き放たれ、【古武術:極】の洗練された身のこなしによって、レイの身体は音もなく闇を切り裂く矢のように飛び出した。
右手に握りしめた【ただの木の棒】が、進化前夜特有の強烈な青白い発光を周囲の空間に撒き散らす。
ただの木製品でありながら、システム外の異質な質量と熱量を纏ったその一撃が、迷いのない軌道を描いて暴走オートマトンの頭部へと振り下ろされた――。




