第40話:静かなる休息と兆し
鎮静パッチの効果が神経の奥深くまで浸透し、エリスの全身を苛んでいた激しい痙攣は完全に鎮まっていた。
生体冷却ジェルによって92%まで跳ね上がっていた回路の負荷も、危険水域を脱して着実に数値が下降線を辿っている。壁に背を預けたまま浅く荒い息を繰り返していた彼女の表情には、ようやく穏やかな眠気の色が戻ってきた。
「……すこし、眠るわ……。回路の再構築に、魔力が追いつかない……」
か細く途切れがちな声でそう呟くと、エリスはそのままの姿勢で深く長い息をつき、意識を昏睡の底へと沈めていった。
MPは未だ1のままであるが、生命の危機を脱した安堵感からか、その顔立ちは先ほどまでの緊張が嘘のように弛緩している。
レイは眠りに落ちたエリスを一瞥し、静かに立ち上がった。
洞窟の奥に漂う湿った空気は相変わらず冷たいが、外の荒野を吹き抜ける強烈な風雪や直撃する冷気からは完全に遮断されている。
エリスが自力で動ける程度まで回復するには、少なくとも半日、あるいはそれ以上の静養が必要だった。それまでの間、この洞窟の拠点を死守し、周囲の安全を確保することがレイの役割となる。
(……動けるうちに、周囲の状況を確認しておくか)
レイは左手首のリストホルダーに視線を落とした。
青白い冷光を放つ【 ????? 】のカードと【白紙のエラーカード】、そして微かに発光しながら進化前夜の気配を漂わせる【ただの木の棒】。システムの外側にあってなお、これらの異質なエラーデータはレイの肉体と同化するように確かな存在感を放ち続けている。
レイは【ただの木の棒】を右手に構え、エリスの寝息が小さく反響する洞窟の奥から、再び少しだけ入り口付近へと歩を進めた。
外の荒野は相変わらずの鉛色の空に閉ざされている。
だが、中継ステーションの残骸から持ち帰った医療資材という確かな「生存の証」を手に入れたことで、二人はただ流されるだけの逃避行から、自らの意志でこの外の世界に踏み留まる足がかりを掴んだ。
エリスの回路が完全に修復され、完全回復を果たすその時まで。
冷徹な瞳を暗がりに向けながら、レイは静かに見張りの姿勢を固めた。




