↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/112

第39話:帰還と応急

中継ステーションから繋がる薄暗い洞窟の通路を駆け抜け、レイはエリスを置いた奥まった一角へと滑り込むように戻った。

 洞窟の奥に広がる湿った闇の中、微かに聞こえるのはエリスの乱れた息遣いだけだった。

「……レイ……?」

 足音に気づいたのか、壁に背を預けて座り込んでいたエリスが、か細い声で顔を上げる。

 その顔色は先ほどよりもさらに青白さを増し、冷や汗に濡れた灰色のショートボブが額に貼り付いていた。生体回路のオーバーヒート(負荷92%)がもたらす神経の痙攣は限界に達しており、わずかに開いた唇の端が痛みに耐えるように小刻みに震えている。

 レイは無言のまま彼女の元へと歩み寄り、その場で片膝をついた。

「遅かったわね……。もう、回路の焼き付きで、指一本動か……」

「喋るな。これを使え」

 レイはコートのポケットから、先ほどステーションの救護室で回収した金属製の容器を取り出した。

 中に入っていたのは、旧式の「生体冷却ジェル」と「鎮静パッチ」だ。システムの外側にあるこの荒野では不確実なカード化を避け、物理的な容器で持ち帰ったそれが、いま二人の手元にある。

 エリスは差し出された容器を見て、わずかに瞳孔を揺らした。

「これ……ステーションの……。システムの外で、よく物理的に……」

「余計なことを考えるな。手首を出せ」

 レイの冷徹だが迷いのない声に促され、エリスは震える腕を辛うじて持ち上げた。

 レイは容器の蓋を開けると、まずは青みがかった生体冷却ジェルを指に取り、エリスの露出した腕の裂傷と、過熱で熱を発している神経回路の走る皮膚へと的確に塗り広げた。

「っ……あ……!」

 ヒリつくような冷感が、異常発熱を起こしていた生体回路を急速に冷やしていく。

 脳髄を焼くような激痛が一瞬跳ね上がった後、ジワジワと神経の過負荷が沈静化していくのが見て取れる。エリスの喉から、苦悶交じりの小さな喘ぎ声が漏れた。

 すかさずレイは鎮静パッチを剥がし、彼女の首筋へと貼り付けた。

 パッチから微弱な電気信号と鎮静成分が流れ込み、エリスの全身を襲っていた激しい痙攣が、嘘のようにスッと収まっていく。

「はぁ……はぁ……、これ……は……」

 荒かった呼吸が、少しずつ規則正しいリズムを取り戻す。

 MPは依然として1のまま底をついているものの、92%に達して機能停止寸前だったオーバーヒートの危険水域から、辛うじて命をつなぎ止めることに成功した。

 エリスは額の汗を拭うこともせず、脱力したようにその場で深く息を吐き出した。

「……助かったわ、レイ。……あなたがいなければ、今頃私はただのデータの残骸になってたわね」

 わずかに取り戻した赤みのさした顔で、エリスは自嘲気味に、だが確かな感謝を込めてそう呟いた。

 レイは立ち上がり、左手首のリストホルダーから漏れる青白い冷光で洞窟の奥を照らしながら、短く返す。

「礼を言うのは、完全に動けるようになってからにしろ。……まだ安全圏に出たわけじゃない」

 外の世界の脅威はまだ終わっていない。だが、致命的な危機を脱した二人は、次のステップへ進むための確かな足がかりを掴み取っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。