第38話:物理の選択
生体冷却ジェルと鎮静パッチの入った小さな金属製容器を拾い上げたレイは、それを迷うことなく自身のコートのポケットへと押し込んだ。
その動作には、ほんの一瞬の躊躇すらなかった。
レイの左手首には、進化を控えた【ただの木の棒】や、変質した【 ????? 】のカード、そして【白紙のエラーカード】を収める専用の装備スロットが存在している。王都の管理下にあった頃であれば、手にした物資を認識させ、データ化(カード化)して効率的に収納することは容易だったはずだ。
だが、ここは管理者の目が届かない「外の世界」である。
稼働を停止しかけている中継ステーションの端末や、自身のリストホルダーに残るシステムは、もはや正常なデータ処理の保証をしてくれない。不確定なエラーの起きやすいシステム化を無理に試みれば、取り出したばかりの貴重な物資がデータのゴミとして消え去るリスクすらあった。
(――いま必要なのは、不確実なデータの書き換えじゃない)
エリスの生体回路のオーバーヒート(負荷92%)は、一刻の猶予も許さない限界の状態にある。神経を焼き切るような激痛に耐えている彼女のもとへ、一秒でも早くこの医療資材を届けること。それこそが最優先事項だった。
カードというシステム上の利便性に頼るまでもなく、物理的な容器として確実に手元に抱え、生身の足で持ち帰る。冷徹なレイの頭脳は、状況証拠から最も確実でリスクのない生存ルートを瞬時に弾き出し、答えを導き出していた。
ポケットの中で重みを感じる金属容器を確認すると、レイは踵を返し、再び中継ステーションの錆びた廊下へと走り出した。
天井のパイプが冷気に晒されて小さく「キーン」と金属音を鳴らす。
その反響音の微小な乱れから周囲の安全を音響的に捉えながら、レイはエリスを待たせている洞窟の通路へと引き返していった。




