第37話:備蓄庫の残光
防火扉が重々しい金属音を響かせて停止すると、その先には埃にまみれた細長い廊下が続いていた。
天井に等間隔で並ぶ蛍光灯の管はとうに寿命を迎え、ガラスの内部が黒く煤けている。かろうじて生き残っていた予備電源の光は頼りなく、レイが左手首のリストホルダーから放つ青白い冷光のほうが、足元の視界を確保するにはよほど役に立っていた。
漂ってくる空気は、外の荒野のような冷たさはないものの、長期間放置された澱んだ化学薬品の匂いが鼻腔を突く。
レイは通路の壁に背を軽く預け、周囲の気配を探った。生身スキルである【確率演算】の思考回路が静かに回転し、外気を伝って遠くの配管が立てる乾いた反響音――金属パイプの熱膨張による微小な音の跳ね返りを捉えながら、その音の濁りや遅延から死角の安全を立体的に分析していく。
(……反応なし。構造的に、この通路の突き当たりが目的の区画だ)
先ほどから、コンソールの表示にあった「医療区画・第3ブロック」を示す不規則な点滅が、脳裏の感覚とリンクするように意識の隅でちらついていた。
エリスの生体回路のオーバーヒート(負荷92%)は、一刻を争う状態にある。彼女の自尊心の高さからすれば洞窟で弱音を吐くことはなかったが、神経を焼き切るような激痛にどれだけ耐えられるかは限界に近い。
レイは右手に握りしめた【ただの木の棒】の重みを確かめ、静かに歩を進めた。
先ほどまでの警戒動作で無意識に持ち直していた反省を頭の片隅に置き、今回は無駄な動作を挟まない。ただ自然な歩行のテンポを崩さず、しかしいつでも即座に対応できる最小限の構えを維持したまま、廊下の角を曲がる。
突き当たりにあったのは、半開きになった古い自動ドアだった。
ドアの隙間から、辛うじて通電しているらしい青白いインジケーターの光が漏れている。
「……失礼する」
低く呟きながら、レイはドアの端に手を掛け、左右へとこじ開けた。
シュー、という乾いた空気の抜ける音がして、内部の全景が視界に飛び込んでくる。そこはかつての救護室だったらしく、壁面には規則正しく並んだ備品棚や、簡易的な医療ベッドが配置されていた。
しかし、そのほとんどは荒らされたように引き出しが飛び出し、使い捨ての医療キットやアンプルは床に散乱している。誰かがすでに通り過ぎた跡か、あるいは自壊の際に暴れたのか。
レイは足音を立てないように注意しながら散らばった破片を踏み越え、部屋の奥にある壁面収納へと近づいた。
(……完全な美品は期待できないが)
しゃがみ込み、散乱したケースの間を指先で探っていく。
使い物にならない破損した注射器や、完全に放電しきった診断端末のパーツが転がる中、レイの手がひとつの小さな金属製の容器に触れた。
ラベルの文字は摩耗して読み取りづらいが、辛うじて旧式の「生体冷却ジェル」と、神経の過負荷を一時的に相殺する鎮静パッチの構造が見て取れる。
中身は無事だ。ガラスのアンプルは割れておらず、密閉された状態を保っている。
「……これで、足りるか」
レイは低い声で呟くと、その冷却ジェルと鎮静パッチを拾い上げ、確実に取り出せるよう手元のポケットに収めた。
目的のものは手に入った。これ以上の長居は無用だ。
エリスが待つあの湿った洞窟へ、一刻も早く戻る必要がある。
レイは踵を返し、再び錆びついた廊下へと足を踏み出した。




