第29話:オフラインの障壁
「――マテリアライズ」
レイの低い呟きとともに、左手首のリストホルダーから【 ????? 】のカードが光の粒子を伴って実体化した。
青白い異質な輝きを放つそのカードを、レイはエアロック式の区画扉の脇にあるメイン・インターフェースへと迷いなく突き立てる。
――ジリリリリッ!
上層のネットワークから完全に切り離されたオフラインの回路に対し、異常なエラーパケットが強制的に流し込まれる。
通常のカード使いであれば、ネットワークの認可外の領域に直接干渉しようとすれば、生体回路が焼き切れるほどの激しいフィードバック(逆流ダメージ)を受けるはずだった。しかし、レイの神経はすでにシステム規格の外側に接続されている。彼自身がひとつの「例外処理」として、強引に扉の制御権を奪い取っていく。
「……相変わらず、無茶苦茶なやり方ね」
エリスは痛む腕をかばいながら一歩下がり、眩しそうに目を細めた。
カードから発せられる青白い光が暗い通路を照らし出し、やがてコントロールパネルの赤いランプが激しく明滅したあと、ガチリ、と重い機械音が響く。
――プシューッ!
高圧のガスが噴き出すような音とともに、何重にもロックされていた分厚いエアロック扉が、ギギギと重々しい悲鳴を上げながら左右へとスライドしていった。
扉の向こう側に広がっていたのは、人工の照明すらない、完全な闇だった。
だが、その闇の底からは、先ほどまでの淀んだ空気とは全く異なる、強烈で生々しい「外の世界の風」が吹き込んでくる。砂埃や草木の匂い、そして無限に広がる大気の重みが、二人の肌を直接撫でた。
「開いたぞ」
レイは「――ストアード」と短く告げ、手の中のカードを素早くホルダーへと収納する。
生体回路にかかっていた負荷を逃すように深く息を吐き出すと、彼は振り返ることなく、未踏の闇へと一歩を踏み出した。
「待ってよっ!レイっ!!」
エリスもまた、痛む足を必死に引きずりながらその後に続く。
管理者の目が届かない、ルールも保証もない本当の荒野。
崩壊した箱庭を背にした二人の新たな旅路が、音もなく始まろうとしていた――。




