第28話:残されたログ
明滅を続ける古いモニターの画面に映し出されていたのは、崩壊の危機など知る由もなく、ただシステムの定めた日常を繰り返す一般人たちの姿だった。
笑い合い、歩き、食事をする――それらはすべて、精巧に管理された演算処理の産物にすぎないと知っていても、エリスには目の前の光景がただのデータの集合体とは思えなかった。
「……彼らは、どうなるのよ」
エリスは痛む腕を押さえながら、モニターに映る無数のサムネイルを見つめた。
中枢ドームが破壊され、管理システムが暴走した今、上層の箱庭は完全なリセットの奔流に飲み込まれているはずだ。そこに暮らす一般人たちがどこへ消えるのか、バックアップさえ存在しないこの世界では容易に想像がついた。すべてのデータが綺麗に「消去」されるだけだ。
「……リセットされるだけだ」
レイは冷徹に、しかし事実だけを告げた。
感情移入したところで失われた理が戻るわけではない。それがこの世界の残酷な基本仕様であることを、レイは誰よりもよく知っていた。
だが、彼の左手首のリストホルダーに収まる、あの不規則に脈動する【 ????? 】のカードだけが、システムの理から外れた「例外」として静かな熱を放ち続けている。
「……冷たいのね、相変わらず」
エリスは小さく息を吐き出すと、しかしすぐに視線を前へと戻した。なぜ彼がこれほど冷徹に現実を見据えられるのか、その理由は彼女がかつて知ったレイの過去の痕跡に繋がっているのだが、今はそれを口にしている余裕などなかった。
「行くわよ。こんなところで立ち止まっていても、私たちのデータまで消去されちゃうわ」
二人は再び歩き出し、無機質なメンテナンス通路の奥へと進んでいく。
周囲の壁に並ぶ端末の多くは沈黙していたが、進むにつれて、空間の空気がわずかに変わり始めた。
ひんやりとした人工的な冷気から、どこか湿り気を帯びた、システムを通さない「本物の外気」の匂いが混じり合い始める。
通路の突き当たりには、頑丈そうなエアロック式の区画扉が待ち受けていた。扉の脇にあるコントロールパネルは、上層のネットワークから完全に切り離された「オフライン状態」を示す赤いランプを点滅させている。
「……ここが、本当の『外』への入口か」
レイは立ち止まり、手首のホルダーに神経を同調させた。
上層のゲートと同じように、ネットワークの管理外にあるこの扉も、通常の権限コードでは微動だにしないはずだ。だが、レイの手には、あらゆる理の端点をこじ開けてきた例外のカードがある。
「開けるぞ」
レイの低い声とともに、リストホルダーからカードが引き抜かれ、静かな青白い光を帯び始めた――。




