第105話:腐食の嵐と聖域の傘
第四拡張都市へと向かう荒野の道のりは、これまでのどの行程よりも過酷なものとなった。
「……ひどい。外壁の複合装甲がどんどん溶かされてるわ!」
装甲重機のコンソールを叩きながら、エリスが悲鳴のような声を上げる。分厚い防弾ガラスの向こう側は、視界を完全に遮るほどの濃密な黄緑色の瘴気と、金属すらバターのように溶かす強酸の豪雨に包まれていた。
王都の連中が独占する「清浄な環境」を維持するため、星中の有毒な廃棄データと汚染物質を、第四都市が意図的にこのエリアへ集中投棄しているのだ。
「これじゃ都市に辿り着く前に、車体ごとドロドロに溶かされちまうよ!」
シエナが必死にビークルの姿勢制御を補佐するが、酸の雨は容赦なく車体の外装を削り取っていく。
「……私が、やりますっ!」
後部座席で祈るように目を閉じていたニアが、バンッと両手を前に突き出した。
彼女の全身から溢れ出した淡い緑色の光が、車体を包み込むようにドーム状の結界を展開する。
【清浄なる領域:最大出力】
強酸の雨が光の結界に触れた瞬間、ジュワッと音を立てて無害な真水へと浄化され、フロントガラスを洗い流していく。狂気的な毒の嵐の中で、ニアの展開した結界の中だけが、息を呑むほど澄み切った聖域となっていた。
「すごいわニア! 車体の腐食が完全にストップした!」
「でも……長くは、もちませんっ……!」
エリスの歓声に対し、ニアは顔を青ざめさせながら荒い息を吐く。都市一つが全力で排出する環境汚染を、たった一人の支援コードで押し留めているのだ。リソースの消耗は尋常ではない。
「上出来だ。お前は俺たちが通る『道』だけを守ってくれればいい」
レイはビークルのハッチを開け、猛り狂う酸の嵐が吹き荒れる車外へと身を乗り出した。左手首のインベントリが赤黒く発光し、第三都市から奪ったばかりの特権コードを励起させる。
【領域支配:サブフレーム・第参番】
「通信網の支配権は俺たちにある。なら、この理不尽な天候システムも……俺のバグで直接『命令』を上書きしてやる」
レイは【黒樹の邏卒】を天高く突き上げた。
第三都市のアンテナ群から放たれた強烈なジャミング電波がレイの棍を中継点として増幅され、第四都市が統制する気象制御の分厚い雲へと赤黒いノイズとして突き刺さる。
「天候、反転。――王都の箱庭に、泥の雨を降らせてやれ」
事象破壊のバグを孕んだコマンドが、第四都市の環境制御プロトコルを強引にへし折った。その瞬間、レイたちの頭上に渦巻いていた強酸の豪雨がピタリと止み、巨大な嵐の渦が意思を持ったかのように進路を反転させる。星のゴミを押し付けられていた猛毒の嵐は、遙か後方にそびえる絶対の安全圏――王都の巨大ドームへと牙を剥いて突き進み始めたのだ。




