第106話:完璧な箱庭に降る泥
王都の中央区画。一年三百六十五日、完璧に制御された人工太陽が穏やかな光を落とす「無菌の楽園」に、突如としてけたたましい非常警報が鳴り響いた。
「な、なんだあれは!?」
純白のテラスで優雅な昼下がりを過ごしていたエリートの一人が、空を指差して悲鳴を上げる。
王都を覆う透明な絶対防壁ドームの真上に、あり得ないはずの禍々しい黄緑色の暗雲が渦巻いていた。直後、外の世界に押し付けていたはずの猛毒の酸と泥の雨が、滝のように王都の天蓋へ降り注ぎ始めたのだ。
ジュワァァァァァァッ!!
「ヒィィッ! ド、ドームが……溶けているぞ!」
外敵の侵入を一切許さないはずの複合論理防壁が、自らのシステムが生み出した極大の環境汚染に耐えきれず、不気味な白煙を上げて腐食していく。
王都の中央司令室は、もはや制御不能の恐慌状態に陥っていた。
「気象制御プロトコル、完全に応答しません! 第四都市からのコマンドが『王都への廃棄』に書き換えられています!」
「馬鹿なっ、直ちに遮断しろ! ドームの防壁出力が追いつかん! このままでは我々の神聖な居住区に、外の汚らわしい泥が降り注ぐぞ……ッ!」
元老たちが血走った目でコンソールにすがりつくが、第三都市の通信網をジャックしたレイのバグ・コードは、王都からの修正コマンドをすべて弾き返していく。
生涯一度も泥を啜ったことのない最適化された人間たちは、自分たちが外の世界へ垂れ流してきた「理不尽」をたった一度ぶつけられただけで、無様に泣き叫び、逃げ惑うことしかできなかった。
一方、その元凶である反逆者たちは。
「あははっ! 王都の通信傍受網から、連中の悲鳴がバンバン入ってくるわ! 最高のBGMね!」
強酸の嵐が去り、嘘のように晴れ渡った灰色の荒野。装甲重機のコンソールを叩きながら、エリスが腹を抱えて笑い転げていた。
「自業自得だ。一生そこで自分の泥でも啜ってろ」
レイは装甲重機の上部ハッチに腰掛け、行く手を阻むものが何一つなくなった荒野の先を見据える。
視界の開けたその先には、分厚い嵐のバリアを失い、完全に無防備な姿を晒した第四拡張都市――『環境と気象』の要塞が静かにそびえ立っていた。
「王都が自分の頭の上の雨漏りでパニックになってる間に、こっちの心臓もぶっこ抜くぞ。踏み込め、エリス!」
「了解!」
爆音と共に加速するビークルが、丸裸となった第四都市の正門へ向けて一直線に突撃を開始した。星の空を取り戻すための戦いが、いよいよその本丸へと雪崩れ込む。




