第8話 クライマックス(8)
我の目の前で勇者が平伏している。
いったいどういうことだ?
あんなに勇ましかった勇者が急に謝罪をしてきた。
訳が分からぬ。
「ほんの出来心なんです。本当は一人で魔王の首なんて取れっこないって分かってるんです。でも魔王を倒さないと王様に怒られるし、だからこうするしかなかったんです。お、お願いだから、命だけはお助けぇぇぇ!」
な、なんて不憫なのだ。そうか。本当は我を倒そうなどという考えはなかったのだな。
「ベルシュート様、勇者の戯言など聞いてはなりません」
「しかし、ハバ。勇者はこの通り我に平伏して……」
いや、待て。
初めて対峙した時と契約後に大広間に突入してきた時で、勇者は何か変わっているような気がしていたのだ。そして、また戦闘直後のこの急変した勇者の態度。
もしや……。
勇者は相当な演技派なのではないか?
だとしたら、今こうして平伏しているのは演技で、実は我が完全に油断する瞬間を狙っているのではないか? そして油断し切ったところを隠し持った短刀でブスッと。
ぬぬぬ……、なんと恐ろしい……。
「そうだったな。相手は勇者であった」
「その通りです。我々を滅ぼそうとする存在を決して見逃してはなりません」
さすが我の執事だ。敵である勇者のことまで見抜いているとは。
我は視線で部下に合図を送る。
「い、嫌だぁ!」
演技を続ける勇者をもう一度捕らえさせた。
そして我は紙を取り出し、そこに強力な魔法の術式を描く。
「さて、勇者よ。何か言い残すことはあるか?」
警戒しながら問うたが、勇者はわなわなと口を震わすだけで何も言わぬ。
とうとう我にも、魔王として勇者を葬る瞬間が来た。
酷ではある……が、勇者である以上、生かしておくことはできぬのだ。
「う、うぅううう…………」
勇者が泣いている……いや、ダメだ。同情してはならぬ。勇者は巧妙な演技をして我を刺そうとしていたのだぞ。
「助けてぇ…………グスン」
相手は勇者。そう、勇者なのだ。父上のように我も立派に勇者を葬らねばならぬのだ。
「お母さぁぁぁん…………うぅ」
「…………」
やはり、命だけは助けてあげた方が良いのではないか?
こんなに若い女子の一生を終わらせてしまうのは後味が悪いし、泣いている女子に酷な仕打ちをするのも褒められたことではあらぬ。
それに、死に際に親を思い浮かべた気持ちは我にもよく分かる。
であれば……。
我は新しい契約書を取り出し、契約内容を書き始める。
「勇者よ、お主は死にたくないのだな」
「はひ……」
「ならば、契約を交わせ」
「はひ……」
「ベルシュート様、何をしているのですか? 早く止めを……」
「いや、その必要はあらぬ」
「なぜです? そこにいるのは魔族の敵……勇者なのですよ? 今こそ息の根を……」
「黙るのだ、ハバ。魔王である我に物申すというのか?」
部下の前では我に従うしかなく、ハバは大人しく……それでも我を睨んで引き下がる。
そして、勇者は腕を部下に掴まれながらも、我が提示した契約書に記名した。
程なくして、契約書を縁取る紋様が光を帯び、契約が実行された。
契約内容は『勇者は魔王城の魔族に攻撃できない』というもの。
これで脅威はなくなった。
たとえ勇者が演技をしていたとしても、攻撃されることはあらぬ。
だが、また契約書を斬られても困る。それに魔王としての体裁を守る必要もある。相手がいくら若い女子であるからといって、魔王城まで辿り着く実力を持った勇者であることに変わりはないのだ。
よって……、
「そのまま勇者を地下牢へ連れていけ」
これが魔王としての我の判断だ。
「……なんとか無事に終わったな」
涙を流すだけで歩けないでいる勇者を部下たちが引きずって連れていくのを見ながら、我は初めての勇者の襲来を無事に対処できたことに安堵していた。
だが、何かモヤモヤしたものが心に残る。
歴代魔王のように勇者を葬ることができなかったことか。はたまた、同情をしてしまったことだろうか。いずれにせよ、祝杯をあげる気分にはなれぬのだ。
「ベルシュート様」
ハバが我の傍にやって来た。
きっと初めて勇者の襲来を乗り越えた我に労いの言葉を送ってくれるのだろう。犠牲者も出さずに済んだのだから。
「お見事な処置でした…………なんて言うとでも思いましたか?」
む?
「確実に勇者を葬る機会だったの思うのですが、なぜそうしなかったのですか? いえ、聞くまでもありませんでしたね。貴方様のことですから、命乞いをされて同情してしまったのでしょう。まったく、魔王としての心構えがなっていない。貴方様らしいといえばそうですが……まあ、これはわたくしの指導不足が原因でしょう」
ぬぬぬ……。
労いどころか、魔王としての尊厳を傷付けにくるとは……。
「とりあえず、勇者を無力化できただけ今回は良しとしましょう。ですが毎回このように上手くいくとは思わないで下さい。必ず戦いを避けられない時は来ます。その時までにはしっかりと度胸をつけていただきますのでご覚悟下さい」
「うむ……」
これからみっちり絞られるのだろう。嫌だな。
しかし、勇者の脅威がなくなったのは明らかな成果ではある。勇者と対峙した時はどうなることかと思っていたが、葬ることはできずとも無力化することはできたのだ。
こうして我の初陣は幕を閉じたのだ。
こうして我の初陣は幕を閉じたのだ。
■
ガチャンと錆び付いた音がして鉄格子の扉が閉まる。
ボクは魔族に地下牢へと入れられた。
目尻に涙を溜めて、ギシッと不気味な音の鳴るボロボロのベッドに腰を落とす。
すると、思わず涙が零れる。
「うぅ……よかった。殺されずに済んでよかったぁぁぁ……」
勇者として絶対にやってはいけない、魔王への平伏をしたかいがあった。
あぁ、怖かった。
魔王が目の前で「言い残すことはあるか?」なんて聞いてきた時はもう腰どころか全身がガクガク震えて生きた心地がしなかった。
それでも、今ボクは……生きてる。生きてる生きてる生きてる。
その事実だけでも喜ぶべきなんだけど……。
「不平等契約を結ばされちゃったしな……」
ボクはもう魔王城の魔族には手を出すことができない。つまり、勇者としての価値がなくなってしまったのだ。おまけに牢屋に閉じ込められる始末。
……終わっちゃった。
魔王と対峙した時には、こんなことになるとは思ってなかったな。
まさか、勇者であるボクが魔王城の地下牢に幽閉されちゃうなんて。
これからボク、どうなっちゃうんだろう?
ご来城ありがとうございました。
またのお越しをお待ちしております。




