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第9話 貴族令嬢、来城(1)

「どうする……どうすれば良いのだ?」


 魔王の一日の職務は、承認要請の書類に判子を押すことから始まる。


 朝食を終えると魔王の執務室に入り、椅子に座って書類の山に向かっていた我だが、今日に限ってはなかなか手を付けられずにいた。


 もちろん、我の頭の大部分を占めていたのは勇者である。


 ひとまず幽閉したものの、捕らえた以上は何かしらの処遇を下さねばならぬのだ。


「うーむ……」


 処刑はかわいそうであるし、永遠に牢獄に閉じ込めておくというのも酷な話だ。まあ、だからといって、牢獄から出すわけにはいかぬのだが……。


 いずれにせよ、しばらくは捕らえておくのが得策であろう。人間界の情報を吐かせるという出まかせの嘘も本当になるのだからな。


「さて、職務にかかるか」


 なんとか強引に結論を出し、勇者の件を一度脇に置いて、ただ文字を見つめるだけだった一枚目の書類に判子を押そうとしていると、狂いのない慣れた調子のノックが三回。


「失礼致します。ベルシュート様、お手紙が来ております」


 手紙……?


 執務室に入ってきた執事のハバは丸められた手紙を広げる。


「魔界北部のクレアルーン領のビュシー様からです」


「ビュシーか……」


 たしか今日来城する予定だったが、勇者の襲来があったために来城を延期させてほしいと連絡を送ったのだ。その返事であろうか。


「了承の返事か。それなら後で読んでおく」


「いえ、そうではないようです」


「む?」


 ハバの言葉に我は手を止める。そもそも作業は進んでいないが。


「勇者の襲来により来城を先送りしていたわけですが……それなら、なおさら駆けつけないわけにはいきません……といった主旨のことが書かれております」


 ぬぬぬ……。く、来るというのか。


 我はビュシーが苦手だ。来城を延期させて、そのままうやむやにしたかったのだが……。


「まだ勇者は生きているわけで、適当な理由をつけて来城を断ることはできぬか?」


「地下牢に幽閉している勇者は危険ではありません。問題はないでしょう」


「だが、勇者の襲来があって警護班の者は多くが怪我を負っている。そんな状況で迎え入れるのはビュシーにも悪いであろう?」


「クレアルーン領から護衛や従者も来られるでしょうから問題ないかと」


「しかし、まだ城も勇者の襲来を受けて慌ただしい。やはり来城は断るべきで……」


「問題ありません」


 キッパリと言われた。


「今まで何度も魔王城は勇者の襲来を受けてきたのです。従来に比べれば今回の被害や心労は微々たるもの。これで貴族の一人も迎え入れられないようでは魔王城の名が廃ります」


「やはり、受け入れるしかないか……」


「貴方様がビュシー様に苦手意識を持たれていることは存じております。ですが、貴方様は魔王なのです。初代魔王の指導により領地の管理を任された領主貴族の方々に引け目を感じてもらっては困ります」


「うむ……」


「それに、来城を断るにはもう遅すぎますからね」


「それはどういうことだ?」


「まったく……。忘れておいでですか? ビュシー様が来られるのは今日の十時です」


 今日の十時…………もう一時間もないではないか!


「ど、どうする? 今すぐ出迎えの準備をして……」


「落ち着いて下さい。みっともない」


 みっともない……。


「城の者は既に出迎えの準備に取り掛かっています。貴方様が心配されることは何もありません」


「ただ……」と間を置いてハバは続ける。


「勇者の件に関しては、分かっていらっしゃいますね?」


「うむ。勇者は我の手によって葬られた。そういうことにしておかねばならぬ」


「その通りです」


 魔王たるもの勇者に屈してはならず、魔王城に攻め入った勇者には必ず死を与えるという暗黙の決まりがある。これを我は破ってしまったわけだが、もし勇者を仕留めていないことがビュシーを通して魔界中に知れたら、魔界での我の信用が暴落してしまうのだ。


 力のない魔王が君臨する魔界など存在しない。であれば、我を打倒し新たな魔王を名乗る者が現れるかもしれぬ。


 勇者が生きていることが知られてしまっては、我はおしまいなのだ。


「城に緘口令を敷きましたから情報が洩れるということに関しては心配ないでしょう。後は貴方様が堂々としていれば全て上手くいきます」


 さすがハバだ。しっかりと勇者襲来後のケアをしている。


「それから、その勇者ですが……どう対処なさるかはお決めになったのでしょうか?」


「そのことだが、保留に……」


「念のために確認しておきますが、処刑と永久幽閉以外の選択ではありませんよね?」


「…………もちろんだ」


 なんて圧だ。思わず目を逸らすところであった。危ない。逸らしたら叱られていた。


「では、勇者のところへ行きましょうか」


「今から行くのか?」


「当たり前です。これからビュシー様が来られるのですよ? 今以外に時間を取って勇者に処分を伝える機会はありません」


「そ、そうであるな……」


 重い腰を上げて執務室を出ようとすると、ハバが執務机を見やり暗い声を出した。


「書類が一枚も済んでいないようですね」


 うッ……。


 聞こえぬふりをして、我は地下牢へと向かった。



ご来城ありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。

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