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第6話 クライマックス(6)

 執事のハバが来てからしばらくして、部下たちが集まり始めた。


 動ける警護職が全員揃ったのをハバが確認してから、我は事の成り行きを説明した。


 もちろん勇者に委縮してしまったから休戦協定を結んだ……なんて言えるわけがなく、人間界の情報収集を行うために休戦協定を結んだ、と出まかせの嘘を言った。


「捕らえてからでも良いのでは?」という質問もあったが、勇者に油断させて情報を吐かせる作戦であることを伝えた。


「これからしばらくは勇者を油断させるために協力してもらうが、異論はないな」


 部下は納得できぬ顔の者が大半だったが、そこは威圧感で何も言わせぬようにした。


 全てを見透かしているハバの冷たい視線を背筋に感じるが、気にしてはいけぬ。よくもそんな浅はかな嘘を……と言いたいのだろうが、魔王が部下に醜態を晒してはならぬことはハバが一番よく分かっている。


 だが、我も魔王としての尊厳を保つために説得する必要はある。そう、部下たちを導くための説得だ。決して言い訳ではない。


「この中には人間界の情報など必要ないと思う者もいるだろう。だが、人間を侮ってはいけぬ」


 そうだ、城まで来る勇者なんて相当侮れぬ。


「我の父上が亡くなる前に仰っていたのだ。こちらが勝ったと思った瞬間、人間はとてつもない力を出す、と。その力により父上が死にかけたこともあったくらいだ」


 部下たちが驚いた様子でひそひそと声を漏らし始める。


「ゆえに、人間界の情報というのは集めておいて損はない。我はまだ若輩者の魔王である。これから幾度も対峙する敵の情報を少しでも集めておきたいのだ」


「さすが魔王様」

「思考が深すぎる」

「勇者ならいつでも殺せるということか」


 我の説得に、得心がいったように部下たちの顔から疑念が消えていく。


 ふぅ……これでなんとか誤魔化せることはできただろう。


 しかし、父上の言葉を思い出すと、勇者とは相当厄介な者だということに改めて気付く。とにかく戦闘だけは避けなければ。


「理解できた者は持ち場へ戻ってくれ。これから我はハバと共に勇者と話を……む?」


 客間まで行こうと大広間の大きな扉に目を向けると、不穏な足音が聞こえた。


 誰かこちらに走ってきている?


 そう思った瞬間。


「魔王はいるか!」


 ドゴンッと一際大きな音と共に扉を蹴飛ばして現れたのは――――勇者だった。


「震えろ、魔族ども! オレが魔王の首を取ってやる!」


 その姿を見るや否や、大広間にいた部下が臨戦態勢に移る。


 まずい! 我の首が取られる…………む? 今、勇者が我の首を取ると言ったか? 休戦を結んだはずなのだが……。


「今度は多勢だな。魔族どもめ、勇者であるオレに恐れをなしたか」


 勇者は大剣を片手で握り、魔王城の警護班相手に一ミリも臆した態度を見せない。それどころか煽ってくる始末だ。なんだか雰囲気が変わった気がするのは気のせいか?


「相手には戦闘の意思があるようです。さすがにこの状況では情報収集などと言っておられません! 勇者にはここで死んでもらいましょう」


 ちょっと待つのだ、ハバ。話せば分かってもらえるかもしれぬのだぞ?


「そっちから来ないなら、オレからいくぞ!」


「勇者の思い通りにさせるな! 魔王様を守れ!」


 突進してくる勇者の進路を塞ぐようにして警護職の者が立ちはだかる。


 ぬぬぬ……。


 戦闘を始めちゃったではないか! 勇者よ、話が違うぞ!


「ウラアァ!」


 勇者が大剣を一振りした瞬間、部下たちは情けない悲鳴と共に一斉に薙ぎ払われた。


 勇者の持つ大剣は魔力が込められ、大剣を纏う魔力が刀身を何倍にも引き延ばしたかのように大きな剣の形状を成している。


 大剣を自在に振り回す力もあり、間合いが通常時に比べて格段に広くなった。


 これが勇者の戦い方か……!


 シンプルだが、強い。これほどの強さがあれば休戦など必要ないではないか! む? ではなぜ勇者は我と休戦を結んだのだ?


 ハッ! そうか!


 我ら魔族を油断させて、その隙に我以外の部下を倒し、最後に助けのなくなった我を仲間たちの元へ連れていき殺させるためか!


 まずい……。


 なんとしてでも勇者を止めなくては!


 しかし、我は契約で勇者に攻撃することができぬ。なんと歯がゆい……。


 今こうしているうちにも部下たちが次々と吹き飛ばされ宙を舞っているというのに。


「どうやら俺が直々に相手をしてやる必要があるようだ」


 攻めあぐむ我の前に一人の大柄な筋肉質の部下が堂々と立った。


「俺があの勇者を仕留めてもよろしいですね」


「オルザーク……」


 静かに闘志を漲らせて勇者を見据えているのは、警護長のオルザーク。


 魔王城で二番目の実力を持つ、序列二位の頼もしい男だ。形式上、魔王である我が序列一位となっているため、実質、魔王城で一番強い。


 オルザークであれば勇者を止めることができるやも……いや、できるに決まっている。


「頼んだぞ」


「もちろんです。俺が負けることなど万が一にも有り得ません」


 悠々と髪をかき上げ勇者に恐れることなく大広間の中央に立ったオルザーク。


 一方、勇者は勢いそのままに無傷で部下たちを払っていく。もうほとんどの部下はやられてしまった。


 そして、両者が対決の時を迎える。


「聞け、勇者。俺は魔王城序列二位のオルザーク! 今からお前を倒し、魔王城が盤石であることを知らしめる者だ!」


 バッとオルザークが両腕を広げ、講演をするように筋骨隆々な胸を張る。


「今からお前は俺に倒されるわけだが、何も悔いることはない! なぜなら、お前は無敵で聡明で有能なこの俺と戦うことができるのだからな。これはとても名誉あることだ」


 オルザークが悠長に語る間にも、不安になるくらいに勇者は間合いを詰めてくる。


「きっと人間どもも、あのオルザークに負けたのなら仕方がない、と理解を示すに決まっている。そう。それほどに俺は強いのだ。なにせ、魔界の総本山たる魔王城で魔王様の次に最強だと言われているのだからな。これがどういうことだか分かるか? フフッ、そうだ。この俺の名声は険しい山を越え、荒れた海を越え……」


 そこまで言った時だった。勇者が大剣を大きく振りかざしたのは。


「そうして魔界の隅々まで届いギュエエエェッッ‼」


 堂々とした何かが視界の中央から端へ飛んでいき、重たい衝撃音が聞こえた。


 オルザァークウウウゥゥゥ…………――!


 序列二位は完膚なきまでに勇者の進路から吹き飛ばされてしまった。


 盛大に大広間の壁に打ちつけられたオルザークは白目を剥いて気を失っている。


 間違いない。今のはクリティカルだ。痛そうだ……なんて思っている場合ではあらぬ!


 オルザークがやられてしまったことで、勇者の前には我とハバしかおらぬではないか!


 くッ。ハバが倒れてしまえば、我は完全に孤立してしまう。


 そうなれば勇者の思うつぼ。ここは勇者の攻撃を受け付けぬ我が盾になるしかあらぬ!


「ベルシュート様?」


 庇うようにして前に立った我にハバが驚きの声を上げた。


「いけません。お下がり下さい!」


「案ずるな。契約により我には勇者の攻撃は当たらぬ。我が攻撃を防いでいるうちにハバが攻撃するのだ」


 伝えると、ハバは何も言わずに眉を曇らせた。


 無理もない。仕えるべき主を盾にするなど、執事としてあってはならぬ行為。だが、今はそうも言っておれぬのだ。


「さあ、勇者よ。来るがいい!」


 勇者は我を見ると、不敵な笑みを浮かべて迫ってきた。


 ぬぬぬ……。


 心拍数がみるみる増えていく。


 あ、まずい。


 我の首を狙う輝く大剣と、もう数メートルくらいしか距離がない。


 ま、待つのだ。今なら、まだ間に合うぞ? ほ、本当に戦うのか?


「魔王か。厄介だな」


 急に勇者が足を止めた。


 我とハバを前にして間合いを取っている。


 これは……チャンス!


「勇者よ、お主は休戦を受け入れたのではないのか? 今なら特別に魔王城で戦闘を行えぬという契約を交わすこともできるのだぞ」


「どうだか。オマエら魔族の言うことなんか信用できないな。さっきの休戦協定だって魔王の攻撃には効力がないってこともあるんじゃないか?」


 む、せっかく全面的な休戦の提案をしたというのに、まさか疑われることになるとは。


 しっかり信用させる必要があるようだ。そうすれば戦闘を避けることができる。


「これを見よ」と我は勇者との契約書を取り出す。


「先程の契約書だ。魔王である我と勇者であるお主の名前が記入されているであろう」


「あぁ、そのようだな」


 なぜか勇者がうっすらと微笑んだかと思うと、ヒュッと風が吹き抜けるようにして我のすぐ脇を勇者が通過した。


 契約により我に攻撃が当たるはずもなく、ハバが攻撃されたわけでもあらぬ。


 いったい何を?


 勇者の方を振り返ろうとして、我は気付いた――真っ二つに斬られた契約書に。

斬られた下半分が遅れてヒラッと地面に伏す。


「な、なんてことを……!」


「オマエの魔法はその契約書によって発動しているのだろう? だったらそれが不完全な状態となった今、魔法は効力を発揮しないわけだ。これで契約は切れ、存分に戦える」


 恐るべし、勇者! 我の魔法の弱点を容易く見抜いてしまうとは……!


「ベルシュート様、お下がり下さい!」


 ハバの緊迫した声が聞こえた時には、勇者が大剣を振りかざそうとしているのが見えた。間合いの広い魔力を纏った大剣は我の逃げ道を一切なくしている。


 おしまいだ……――


 横一線に引かれる剣筋を最後に、我はそっと目を閉じた。


「………………む?」


 なかなか魔力の衝撃が来ないと思って目を開けると、目の前にハバが立っていた。


「何を勝手に死を覚悟しているのですか? わたくしがついているでしょう」


 片手を伸ばしたハバは険しい顔をしながらも無傷だった。


 そうか! 魔法を消してしまったのだ。


 ハバの魔法はあらゆる魔法を無効化してしまう消去魔法と言われるもの。いくら勇者の大剣が魔力を纏って間合いを広げても、それが魔法である以上、刀身が当たらなければ意味を為さぬ。


「消された……? だったらッ……!」


 助かって安堵したのも束の間、勇者は大剣を振るった体勢から床を蹴って体を回転させ、確実に刀身の間合いに我を入れ、再び大剣を横に切ろうとしていた。


 慌てて後ろに退こうとした我とハバ。が、勇者はそれを見越していたかのように裏拳をハバにお見舞いする。


「ツゥ!」


 大剣が振り回されるよりも格段に早い一撃。ハバは不意打ちにその場で倒れる。


「ハバ、大丈夫か……ッ」


 叫んでから、我は気付いた。


 今、我は勇者と一対一で向かい合っているのだと。


「終わりだ、魔王!」


 もう一度床を踏みしめた勇者が、渦巻く魔力を纏わせた大剣を構え、我に跳びかかる。


 まずい! この距離では契約を書いている暇はなく、避けることもできぬ。


 今度こそ、おしまいだ……。


 我は固く目を閉じた。


 ――父上、今からそちらへ伺います。



ご来城ありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。

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