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第5話 クライマックス(5)

 なぜかボクは客間に通された。


 魔王と契約を交わすと、大広間の外の大階段を下りてすぐの客間に案内されたのだ。


「綺麗な部屋……」


 ボクが通された部屋はクリーム色の壁に濃い茶色の絨毯という落ち着いた色合いで、ソファに座るとフワッとした柔らかさに心が包まれるような空間。


 ところが、壁に掛けられている宵闇の魔王城を描いた絵画を目にすると、やはりここは恐ろしい魔王城なんだと思い出す。


「これからどうしよう」


 誰もいないというのに存在感を消しながらボクは呟いた。


 魔王を倒すためにやって来た魔王城で休戦協定を結んでしまうだなんて。


 仲間が知ったらどう思うだろうか?


 でも一人で魔王に立ち向かうなんて無茶な話だし……。


「今頃は皆もここを目指して頑張っているんだろうな」


 仲間たちは、ここにはいない。三日前、ボクたちは転移魔法の罠にかかり、離れ離れになる際に仲間の手によってボクだけ罠を免れ、「ヴェーベンは先に行け! 魔王城で落ち合おう!」って感動的に約束を交わし、バラバラになってしまったのだ。


 心強い仲間たちのことを思うと、どうしてボクは魔王城手前で仲間を待たず、そのまま突っ走ってしまったのだろう、と頭を抱えたくなった。


 いや、理由は分かっている。


 ――もう一人のボクがそうしたのだ。


 気弱で臆病なボクとは違って、勇猛で毅然としたボクが。


 勇者学校に通っていた頃、ボクは軟弱で周囲から見下されていた。それでも憧れの勇者になるために逃げ腰になりながらも必死で訓練に挑んでいた。


 でも、やっぱりちょっと努力したくらいじゃ、女で非力なボクにはどうしようもない壁が立ちはだかる。そんな時にボクの身を守るために心の内側から現れたのが、もう一人の……全く人格の違うボクだった。


 いつも『裏』のボクと呼んでいる。


 裏のボクは勇敢に困難に立ち向かい、ボクには絶対に出来ない正面突破という方法で道を切り開いていく。


 そんな裏のボクに置いていかれないようにボク自身も強くなる方法を模索して必死に努力した。裏のボクが勢いに任せて斬り込んでいくとすれば、表のボクは存在感を消すという独自の魔法で陰から隙を突くという戦い方を身につけた。


 そうして表裏一体となったボクは教官から高い評価を受け、勇者に選ばれたのだ。


 しかし、勇者としての冒険の日々で苦しくなった時に助けてくれるのはやっぱり裏のボク。強くて逞しく、ボクも含め仲間から頼りにされている存在だった。


 仲間と離れてからも、臆病なために気が動転してしまったボクに代わって、一日の半分以上は裏のボクが先導してくれた。勇猛果敢で血の気が多いボクが。


 そうなれば、魔王城まで真っすぐに突き進むのは当然のことであり、魔王城が見えた時には突っ走るように城門を突破し、魔王の庭を駆け抜け、魔王の元まで辿り着いたのだった。そこまではまだボクも大丈夫だと思っていた。裏のボクだったら魔王とも互角に渡り合えると思っていたのだ。


 ところが、いざ魔王を前にした瞬間、長時間も無理をしていた裏のボクが意識を保てなくなり――そして今に至る。


 あぁ……魔王、怖かったなぁ。


 それにしても、どうして魔王はボクと休戦を結んだんだろうか?


 恐ろしい魔獣を召喚してしまうほどの実力があるとういうのに。戦いを避けた理由が分からない。うーん、考えれば考えるほどおかしな話だ。何か他に狙いでもあるのか?


 例えば……。


 ボクを部下たちにボコボコにさせるためだとか?


 魔王とボクが互いに攻撃できないという契約だから、魔王の部下たちならボクに攻撃できる。しかも魔王は安全圏からボクがなぶられている様子を愉しむことができる……。な、なんて恐ろしい!


 いや、他にも魔王でも手に負えないような巨大な魔物が現れるから、ボクとの一戦を後に回したってことも考えられるのでは?


 とてつもない強さの魔物だから体力や魔力を消耗したくないんだ。きっとボクを魔物と戦わせて、ボクと魔物が疲れたところを一網打尽にするつもりだ。な、なんて狡猾!


 ハッ! 生贄という線もあるんじゃないか?


 魔界の風習とかで、一人の人間を魔界の奥地にある深い闇の谷底に連れて行き、呪いを振り撒く危険な魔物の怒りを抑えるために生贄として捧げているんだ。手足を縛られた状態で魔物の大きな口の中へ……。ひいぃぃぃぃぃぃ!


 どうしようどうしようどうしよう。


 客間で悠長に過ごしていたら、まずいんじゃないか?


 そうだよ。魔王が休戦を持ちかけるなんて裏があるに決まっているじゃないか! ボクはなんてバカなんだぁ!


 今すぐ逃げ出した方が……でも、それは勇者として絶対にしてはならないことで……。


 無意識のうちにボクは存在感を消す魔法を強めていた。


 すると、心の中から声が聞こえた。


『オレに任せろ』


 とっさにボクは思い出した。


 ボクはいつでも好きな時に裏のボクに変われるわけじゃない。変わるにはある条件が必要。その条件とは、


 ――存在感を消す魔法を過剰に使用すること。

 

 客間に入ってすぐにボクは存在感を消していたんだっけ。


 フッと意識が反転する。


「心配するな。オレが魔王を倒してくる」



ご来城ありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。

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